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 前日と違い、日曜日の夜は比較的店も空いていることが多い。そんな中、幹路が来店すれば、例え接客中だったとしても視界に入ってしまう。  会えて嬉しい。けれど話すのは少し怖い。いつものように飼い主を見つけた犬のごとく駆け寄っていくことは出来なかった。 幹路からは明け方『送れなくてごめん。夜、店に行くよ』と連絡があった。事情はその時に、ということだと分かったが、聞くのは少し怖い。  カウンターの端にトレーを抱えたまま戻ると、彩が幹路をカウンター席へ案内している様子が見えた。彩はいつものような笑顔を浮かべているが、ここから遠い席を案内したところを見ると、昨日迎えに来なかったことを知っていることもあり、風澄とはまだ会わせないと決めているのだろう。 「今日はコーヒーがいいんだって。槙くん、持ってく?」  彩がカウンターの中に入り、コーヒーの準備を始める。その様子を見ながら風澄はちょっと迷っていた。そっと幹路の方へ視線を向けると、すぐに目が合う。こちらをじっと見つめている幹路から視線を逸らし、彩に移す。 「うん……少しだけ、話してくる……」  段々と冷えていく指先をぎゅっと握りしめて答えると、彩がカップにコーヒーを注ぎ、こちらに差し出した。風澄がそれをトレーで受け取る。 「理不尽なこと言われたら呼んで。残りのコーヒーぶっかけてやるから」  彩の過激派発言に風澄が笑う。少し緊張が解けて、風澄はゆっくりと幹路の席へと向かった。 「コーヒー、お持ちしました」  幹路の目の前にカップを置く。指先が震えて、その水面が小さく波打つ。 「風澄くん……昨日はホントにごめん。俺が言い出したことなのに」 「こちらこそ、来るまで待てなくて帰ってしまって……ごめんなさい」  幹路に微笑むと、その顔が辛そうに歪んだ。それを見て、風澄が首を傾げる。もう風澄は済んだことと流そうと思って言った言葉だったのに幹路には響かなかったのかもしれない。 「あの、ホント、気にしなくていいっていうか……ちゃんと家に帰れたし」  風澄にとっては幹路と恋人という関係になれていること自体が奇跡のようなものなのだ。それで充分で、それ以上を望んだから、全オタクの呪いでもかかったのだと思う。 「無事に帰れたのは良かったけど……今日は絶対に送って行きたいんだけど……どうかな?」 「……はい」  風澄が頷くと、幹路がほっと息を吐く。風澄に断られるとでも思っていたのだろうか。そんなことは天地がひっくり返っても風澄にはできない。たとえ、心の隅に疑心暗鬼になっている自分が棲みついていても、やっぱり幹路との時間を失うのは嫌だ。 「その時、昨日の話もするから、聞いてくれる?」  幹路がそっと風澄の指先を掴む。冷えたその指が幹路の緊張を伝えていた。それだけで、大事な話をするつもりなのだと分かる。 「はい、わかり、ました……」  清見と付き合うことにした、なんて言われたら泣いてしまうかもしれない。でも、そんなことになったら、霞の配信も聞けなくなってしまうような気がする。  その時は、幹路に会う前の自分に戻るだけだ。違う配信者に推し変して、SNSで騒いで、たまにオタク友達とイケボ萌えトークをしていた、いつもに戻るだけだ。 「じゃあ、仕事終わるの待ってるから」  ゆっくりと幹路が風澄の指を離す。風澄はそれに頷いてから幹路の傍を離れた。 「あ、でもそうなると、キヨくんに会うのは辛いなあ……」  風澄はため息を吐きながら、少しだけ振り返る。幹路もなんだか少し大きく息を吐いたような気がして、風澄はせっかく二人で会えているのにどうしてこんなに辛いのだろう、ともう一度ため息を吐いた。
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