秀弥さんの話

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秀弥さんの話

 秀弥さんにすべて打ち明けた私は、涙を流して膝を抱える。  結婚しようと言ってくれたのに、私は三年も彼を裏切り続けていた。  秀弥さんは全部理解した上でプロポーズしたと言ったけど、事情を知れば心変わりするかもしれない。  黙って彼の返事を待っていると、秀弥さんはしばらくベッドのヘッドボードに寄りかかり、何か考えていた。  やがて彼は大きな溜め息をつき、緊張していた私はその反応にビクッとしてしまった。 「とりあえず、事情は分かった」 「『分かった』って……」  ――別れ話になるんじゃないの?  秀弥さんは不安な顔をしている私の頭を、ポンポンと撫でてくる。 「そんな顔すんな。『別れる』なんて一言も言ってないだろうが」  一番欲しかった言葉を言われ、安堵のあまり涙がポロポロ零れる。 「バカ、泣くなって」  溜め息混じりに言った彼は、口調とは裏腹に優しく私を抱き締める。  秀弥さんはいつもこうだ。  どれだけハードなセックスをしても、終わったあとは必ずいたわり、危険じゃなかったか、不快じゃなかったかを確認してくる。  そういうセックスでしか欲を満たせない人だからこそ、彼は私を大切にしていた。 「ごめんなさい……」 「謝るぐらいなら、俺と付き合ったあと関係切っとけよ。下手くそだな」  そう言われ、何も言えない。  一見責めるような言葉だけど、彼の声はとても優しかった。 「怒られるの覚悟の上で言っていい?」 「言ってみな」  秀弥さんは溜め息をつき、私を抱き締める腕に力を込める。 「……どうしてこうなってしまったのか、自分でも分からないの。亮は家族で、いつも側にいて、でも血の繋がりはない。十五歳の時にいきなり家族になって『姉弟になりなさい』って言われても、どう接するのが正解か分からなかった」  私の言い訳を聞いても、秀弥さんは怒らず、理解を示してくれた。 「親御さんを悪く言うつもりはないが、思春期の男女を一緒に住ませて、何も起こらないって思ってたのかね。『自分の子供を信じる』って言うんだろうが、第三者から見れば危うい環境に思える」  そう言われ、私はコクンと頷いた。 「確かに、うちの親は『自分の子供は大丈夫』って思っているのかもしれない。……というか、血が繋がってないからか、父は酔った時に『いい人が現れなかったら姉弟で結婚したらどうだ?』って言ってて……」 「はぁ?」  アブノーマル代表の秀弥さんが、目をまん丸にして聞き返す。  そうだよね……。そうなるよね……。 「うちの親、再婚同士だし、世間体より個人の幸せを重視してるみたい。婚活で苦労するぐらいなら、お互い分かり合ってる弟でもいいんじゃないかとか……。冗談で言ってるのは分かるけど、弟も本気にして色々調べてて……」  呆れきった秀弥さんは脱力している。 「何だよそれ……。俺と関係持って三年経つのに、家族に話してないのかよ」  そう尋ねる秀弥さんの声に、責める色と拗ねた色が少し混ざる。 「……セフレだと思ってたから、過度に期待したらいけないと思って……」  小さな声で言うと、秀弥さんは乱暴に溜め息をついて髪を掻き上げた。 「半分は俺のせいか。夕貴みたいにいい女なら、絶対他に目を付けてる奴がいるって分かってたのに」 「そんな事ないよ。私、いい女じゃ……」 「俺が社内で目を光らせてたんだよ。野郎共に『長谷川さん可愛いですね』って、何回言われたと思う? 裏で『手ぇ出したら絞めるよ?』って言ってなかったら、もっとあからさまなアプローチ受けてたと思う」 「そうなの!?」  驚いて秀弥さんを見ると、彼は呆れたように溜め息をつく。 「その鈍感さが可愛いけど、それゆえにいつか身を滅ぼしそうだな」 「……ごめんなさい……」  私はまた返す言葉がなくなり、シュンとする。  秀弥さんはしばらく私を抱き締めたまま黙っていたけど、「よし」と呟いた。 「次の週末、お前んちに挨拶に行くぞ。そっちのスケジュールもあるだろうから、大丈夫か聞いておいてくれ」 「えっ? ほ、本当?」 「嘘は言わねぇよ。俺はマジで結婚するつもりだ。じゃなきゃ指輪の話なんてしない。……今日は土曜か。明日、店に連絡して婚約指輪見に行くぞ」 「は、はい」  急に色んな事が決まって、心がついていかない。 (本当にいいのかな。怒ってないのかな)  不安になって秀弥さんを見つめると、彼は溜め息をついて私の髪をワシャワシャと撫でてきた。 「俺がお前を見捨てると思ってんのか?」 「裏切っちゃったし……」 「俺にも非はあった。だけどもう隠し事はなしだからな」 「はい」  キッとした表情で頷くと、秀弥さんは溜め息をついた。 「……んで、俺も隠し事なしにしないとならないな」 「え? ……何か、あるんですか?」  秀弥さんに隠し事をされていると思っていなかったので、私はドキッとして尋ねる。
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