結婚の報告~悪魔

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 体目当てなら、お気に入りの玩具を手放すのを惜しみながらも「おめでとう」と言ってくれたかもしれない。  でも亮は『好きだ』『愛してる』『結婚して』と言っていた。 (……私は彼の気持ちを知っていながら、深く考えたくなくてずっと現実から目を逸らしていた。いつかこうなるって分かっていたのに……)  溜め息をついた私は、覚悟を決めて返事をする。 「……言い訳はしない。亮にひどい事をしたのは謝る。ごめんなさい」  私は残り三分の一になったアイスを持ったまま、深く頭を下げる。  しばらく沈黙があったあと、亮は溜め息をついた。 「〝ひどい事〟って何だよ?」 「それは……」 「夕貴が俺に〝ひどい事〟をした? 何それ」  なおも責められ、私はちゃんと説明しようと言葉を迷わせる。 「……気持ちを、……弄んだっていうか……」 「弄んだって事は本気じゃなかった? 俺が真剣に想ってると分かった上で、弄ぶつもりだった?」 「違う。弄ぶつもりはなかった。……私は亮が弟だって理解した上で関係を持って、あんたの気持ちを知っていながらどっちつかずの態度をとった。……その結果、亮を選ばなかった。傷つけたなら謝りたい。最低な事をした自覚はあるから」  亮は溜め息をつき、小首を傾げて私を見てくる。 「聞きたいんだけど、今までの事は俺の気持ちの一方的な押しつけだった? 少なくとも俺は合意の上だと思ってたけど」  言われて、私は頷く。 「……一方的じゃなかった。……確かに私、『求めてくれて嬉しい』って思ってしまった。……でも、それは私の弱さ」 「弱さとか言うなよ。俺を選ばなかった事を、弱さのせいにするな」  少し強い口調で言われ、私は俯く。 「西崎の事、好きなのか?」  尋ねられ、私は無言で頷いた。 「処女を捧げて何回もセックスした俺よりか? 何よりもお前を大切にし続けた俺を捨ててまで、そいつと結婚するのか?」  詰問され、私は涙を流しながら頷く。 「…………っ、ごめんなさい……っ! 私には秀弥さんが必要だし、あの人にも私が必要なの……っ!」  譲れない事実だけれど、これは今までの亮との関係をすべて否定する言葉だ。  亮を深く傷つけ、もしかしたらもう二度と話しかけてもらえなくなる、裏切りの言葉。  ――それでも、私は秀弥さんを選ぶ。  言い切ったあと、気まずい沈黙が落ちる。  三階からテレビの音と、両親の笑い声が聞こえ、余計にいたたまれなくなった。 「……どうしても、俺じゃ駄目なのか?」  深く長い溜め息をついたあと、亮が尋ねてくる。  それに私は首を横に振り、弱々しく「ごめんなさい」と謝った。 「俺は今まで、夕貴に色んなものを与えてきたつもりだ。物分かりのいい弟にもなったし、男避けにもなった。周りから羨望の眼差しで見られる、理想の恋人としても振る舞った。……そうそういないだろ? 二十四歳にして専務の彼氏なんて」 「……確かに、亮は色々してくれた。我慢してばかりの私に、『幸せを感じていいんだ』って、色んな喜びを与えてくれた」  そこまで言い、私は視線を落とす。 「…………〝でも〟?」  亮は私が言わなかった言葉を口にし、続きを言わせようとする。 「……私にとって、亮は弟なの。……十五歳の時に十三歳の弟ができたって言われても、馴染めないし『可愛がろう』っていう気持ちになれなかった。亮は私より身長が高かったし、…………その時から異性として意識してしまっていた。…………でも」  私はさっき言えなかった言葉を口にした。 「私たちの関係には未来がない。血が繋がっていないと言っても、私たちは姉弟なの。…………私は、…………お母さんを安心させたい……っ」  思ってもみないところで本音が零れた。  涙を流した時――、理解した。  ――あぁ、私、自分の幸せを決める時も、〝お母さんのため〟を一番にしてるんだ。  それを知り、情けなく思いながらも、こればかりはどうする事もできない呪いに似た感情なのだと思った。  しばらくして、亮は溜め息をついてから言った。 「……夕貴がそうなったのは仕方ないよな。親父さんを亡くして、美佐恵さんを支え続けた。再婚した時だって本来なら反抗期だったろうに、反発する感情すら持たなかっただろ。……そういう意味で、俺は夕貴を可哀想な奴だと思ってるよ」  ハッキリと『可哀想』と言われ、私は唇を噛む。 「初めて会った時、夕貴に一目惚れした。美人で胸がでかくて魅力的なのに、俯いて自信なさげで、庇護欲がかき立てられたし、いじめてやりたくもなった」  そう言われ、秀弥さんにも似た事を言われたと思いだし、居心地が悪くなる。 「……同時に、『俺がこいつを幸せにしたい』とも思った」
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