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亮の言葉を聞き、凄まじい罪悪感が私を襲った。
――私は彼を捨てようとしているのに、亮はこんな私を理解しようとしてくれている。
しなやかな腕が私に絡みつき、離してくれない。
「離して」と必死に振りほどこうとしているのに、次々に絡みついては、後ろから甘い言葉を囁いてこようとする。
まるで、糸に絡まった蜘蛛の獲物のようだ。
「夕貴は美佐恵さんに迷惑をかけないよう、必死に気を遣って生きてきたよな。俺たちの関係がバレるのを怖れていたのだって、『姉と弟だから怒られる』っていう一般的な感情じゃなく、『お母さんに失望される』っていう恐怖のほうが強いからだろ」
「……そんな事……」
ない。――――と、言い切れない自分が嫌だった。
実父が亡くなったあと、確かに私の生活の中心には母がいた。
『母を困らせないようにしないと』
『これを知ったら母はどう思うかな』
『母は少しでも褒めてくれるだろうか』
期待するのはすべて母にだけで、何かがあった時怖れるのも母だけだった。
母が再婚して大切なものが増えた今も、――それは続いている。
固まっている私を見て、亮は妖艶に笑った。
「……だから俺は夕貴の本当の姿を見たかった。お前を壊して、その〝いい子〟の仮面の下を暴いてやりたくなったんだよ」
その言葉を聞いて、あまりの背徳感と被虐心にゾクッとしてしまった。
同時に、自分のどうしようもない性分に嫌気が差す。
「夕貴だってお前は弟に抱かれる〝いけない事〟に興奮していただろ? 後ろめたさがあるからこそ、お前は乱れに乱れた。……俺に抱かれたからこそ、自分が淫乱で被虐的な女だと知る事ができたんだろ?」
知ったように言われ、私は赤面する。
――一回抱かれて、異性を知ってみるだけ。
二十歳の時はそう思っただけなのに、何度も亮とセックスするうちに、どうして彼と関係し続けているのか分からなくなっていった。
本当は悪い事だと分かっているし、初体験を済ませるなら弟じゃない人のほうがいいって理解している。
――でも、私は亮の誘惑に負けてしまった。
少女漫画で見たような宝石のプレゼントをもらい、都内のラグジュアリーホテルで高身長のイケメンに迫られ――、グラついた挙げ句、頷いてしまった。
――本当はただ、性的な事に興味があっただけ。
――亮を格好いいと異性として意識していた。
それらの〝本当の理由〟たちを、私は亮が言う言葉で塗り替えていった。
『夕貴がどうしてもほしいんだ』
『応えてくれないと、美佐恵さんにバラすぞ』
『夕貴でないと達けなくなった』
私は亮に言われた言葉を、弟に抱かれても構わない理由にしていた。
――本心では『もっと気持ちいい事をしたい』って思っていただけなのに。
「俺が用意した〝理由〟は都合が良かっただろ? 弟に脅されたって言えば〝母親思いのいい子の夕貴〟でいられるんだから」
「そんな言い方……っ」
表情を強張らせた私を見て、亮は目の奥に底知れない闇をたたえて笑う。
「全部、お前の本当の姿を引き出すためだよ」
綺麗にアイスを食べた亮は、空になったカップをテーブルに置く。
そしてビーズクッションから立ちあがり、私の前に立って耳元で囁いた。
「全部お前が望んだ事だ」
ゾクゾクッと体が震え、あまりの罪悪感に涙がこみ上げた。
「〝いい子〟のお前は本当はエロい事が大好きで、誰でもいいから肉欲を開花させ、鬱屈とした感情を解き放ちたかったんだ。どうせ西崎とかいう奴とも、体の相性がピッタリなんだろう?」
図星を突かれ、涙が零れる。
けれど私はとにかくこの酷い言葉を否定したくて、必死に首を横に振った。
「……ちが、う……」
「はっ」
亮は泣いて否定する私を嘲笑し、ポンポンと私の肩を叩くと昏い目で笑う。
「そこまで結婚したいって言うなら、西崎って奴を見定めてやるよ。お前の本性を知らない平凡な男なら、新居に〝弟〟として上がり込んで、旦那がいない間に姉貴を犯してやる。それぐらい、いいよな? お前はそんな背徳のシチュエーションが大好きなんだから」
鬼気迫る表情で嗤った亮を、私は呆然と見るしかできない。
――目の前に、悪魔がいる。
――けど、この化け物を生んだのは、私だ。
「なに泣いてるんだよ」
微笑んだ亮は、私の頬に伝った涙を優しく拭う。
「結婚に反対するなんて言ってないだろ? 食事会があっても愛想良く振る舞ってやるよ」
言ったあと、亮は歪んだ笑みを浮かべた。
「姉ちゃん、結婚おめでとう」
部屋のライトを背にした亮の笑顔が怖い。
微笑む顔は好青年そのものなのに、その皮を一枚めくれば、ドロドロとした暗黒と狂気が詰まっている。
亮は涙を流す私の頭を撫で、身をかがめて触れるだけのキスをした。
そして耳元で囁く。
「大好きだよ、姉ちゃん」
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