波乱

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波乱

「……で、……周りの人を威嚇してたの?」  以前に教えられた事を指摘すると、秀弥さんは悪い笑みを浮かべる。 「そう。せっかく狙ってるのに、他の奴に横取りされたら堪んないだろ?」  そこまで言って秀弥さんはワインを飲み、溜め息をつく。 「ま、弟クンの事は会ってみないと何とも言えねーけど、似た者の匂いがするなぁ……」 「……ホント、私って変なのを寄せ付ける体質なんだな……」  ボソッと呟くと、向かいで秀弥さんが笑う。 「そういう男だから惹かれるんだろ? 俺や弟クンみたいなアクの強いのと付き合ったあとに、人畜無害で紳士的な男を相手にしたら『つまらない』って思うんじゃないか?」  言われて、想像してみると図星だった。 「……かも……」  秀弥さんは以前に、私の事を狙っていたという男性社員の話をしていた。  確かに、やけに話しかけてきた人や、飲みや食事に誘ってきた人がいたのを思い出したけれど、みんな職場仲間として誘っていたのだと思っていた。 (もしもあれが下心ありなら……)  想像しようとしたけれど、彼らとどうこうなるなんて妄想すらできない。  秀弥さんに『長谷川さんに手を出すな』と言われていたせいもあったかもしれないけれど、彼らのアピールはまったく印象に残っていなかった。  頬杖をついた秀弥さんは私を見つめ、妖しく笑う。 「お前は獣みたいな本能を見せられる相手を好んでるはずだ。……だから、今の状況はなるべくしてなったんだよ」  とんでもない女みたいな言い方をされて赤面したけれど、否定できなかった。 「……私より、秀弥さんや亮のほうが私を分かっているのかも」 「そりゃあ、他人のほうが相手を客観的に見られるだろ」  秀弥さんはカルパッチョを食べたあと、妖艶に笑う。 「俺はこれからもお前を俺好みの女にしていく」  その笑みを見て感じた。  ――この人以上に私を理解し、受け入れてくれる人はいない。  亮にどんな情を持っていても、私は秀弥さんの手を取ったほうが幸せになれる。  だから、改めてお願いした。 「私、秀弥さんが好き。……結婚してください」  プロポーズすると、彼は目を見開いたあと破顔した。 「バカ、俺のほうが先にプロポーズしたろ」  快活に笑った秀弥さんは、手を伸ばすとクシャクシャと私の頭を撫でてくる。 (この笑顔を大切にしよう。……ごめんね、亮)  決意した私は、心の中で亮に謝った。 **  結婚の挨拶の話は、やっぱり次の週末というとお互いスケジュールの関係があるので、二週間後、九月末の週末に彼がうちに来る事になった。  その間、私は働き続け、自宅では亮とあまり話さないようにしていた……のだけれど。 「お久しぶりです」  仕事が終わったあと、丸の内中央口前にあるベンチで秀弥さんを待っていると、一人の女性に声を掛けられた。  顔を上げると、黒髪が綺麗な美人さんが立っている。  どこかで見たような……と一瞬考え、すぐに亮の友達だと思い出した。 「……高瀬奈々ちゃん?」  名前を口にすると、彼女はニコッと笑った。 「そうです! よく覚えていてくれましたね」  感じよく笑う彼女は、白いTシャツにベージュのワイドパンツを穿き、布製のブランドバッグに青いショールを掛け、とてもこなれた感じだ。  胸元にはオレンジ色の宝石がついたペンダントが下がっていて、センスがいい。 「今ってお忙しいですか?」  言われて、私は腕時計を見る。  秀弥さんとは近くにある店で食事をする予定で、予約まではまだ時間がある。 「少しなら大丈夫ですけど」  答えると、奈々ちゃんは私の隣に座った。 「じゃあ、話しません? 久しぶりに再会できた訳ですし」 「そ、そうだね……」  再会と言われても、彼女と仲が良かった訳じゃない。  弟の友達(もしかしたら彼女)として家に勉強しに来て、ちょっと挨拶した程度だ。  なのにこんなふうに親しげに話されると、違和感があった。
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