秀弥さんと私のはじまり

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秀弥さんと私のはじまり

 一日の仕事が終わったあと、私は更衣室で着替えながら考え事をしていた。  鏡を見ると、冴えない自分が映って思わず溜め息が漏れる。  十人並みの外見で、少し誇れるのは大切に伸ばした髪ぐらい。  目はアイドルみたいにぱっちり大きくないし、メイクで大きく見せているだけ。  胸がFカップあるのは同性から羨ましがられるけど、男性から変な目で見られるし、足元が見えなくて危険な時もあるし、ハッキリ言っていいものといえない。 (公認になってるのはいいけど、いまだに『好き』って言われてないもんなぁ……)  溜め息をついた私は、スマホをチェックして溜め息をつく。  メッセージアプリには亮から連絡が入っていて【今日、帰りに飲まない?】とお誘いがあった。  すまん、先約がある。  私はロッカーに寄りかかりながら、亮の誘いを断る返事を打つ。 (こんなどっちつかずの態度、両方に悪いよな……。怖くて言い出せずにいるのに、どっちとも切れてない私は最低だ)  溜め息をつくと、私はバッグを持って更衣室を出る。  エレベーターホールに向かって歩きながら、私は秀弥さんとの出会いを思い出していた。 『長谷川さん、ちょっと話したい事あるから、飲みに行かない?』  私が二十三歳の時、最初に誘われた時も、彼はそんな事をいっていた。 『はい、構いませんが』  返事をしつつ、私は周囲の女性社員から視線を感じて首を竦める。  西崎さんは高身長で顔もいいし、仕事もできるからモテる。  お綺麗どころから小動物系、地味めな子まで、他部署の女性まで彼を意識しているのは有名な話だ。  西崎さんは男性社員にも気さくで、男女差をつけずに接しているので、皆から人気がある。 (なんか失敗したっけ)  周囲の視線が痛いと思いながらその日の仕事を終え、西崎さんとエレベーターホール前で落ち合って、会社近くの居酒屋に向かう。  けれど特にお説教はされけず、とりとめなく仕事やプライベートの話をしてからご馳走してもらい、飲みは終わった。 (……なんだったんだろ)  疑問に思うものの、性的なお誘いは受けてないし、単純に部下の様子をみたかっただけかもしれない。  翌日出社すると周りに話を聞かれたので『本当に何もなかったですよ』というと、皆ホッとしていた。  でも二週間後くらいにまた飲みの誘いを受け、今度は違うお店に行ってとりとめなく話し、またご馳走になって帰った。 (この人、何がしたいんだろう?)  数か月にわたってそういう事をされていると、どんどん西崎さんが気になって仕方がなくなる。 『あの、西崎さんって何がしたいんですか?』 『ん?』  新橋にあるイタリアンバルに連れていってもらった時、焦れた私はとうとう尋ねた。 『部下の様子を知りたい体で飲みに誘ってくれているんでしょうけど、私、大体の事は言ったと思います。ご馳走してくれるのはありがたいですが、あまり私一人を誘うと、西崎さんは人気者なんですから誤解されて、良くない結果になると思います』  そう言うと、西崎さんは赤ワインを一口飲んでからニヤリと笑った。 『……じゃあ、〝理由〟をつけるか?』  その言い方、彼の表情、雰囲気に色香を感じ、私はたじろぐ。  まさかね……と思いながら、おずおずと尋ねてみた。 『……理由、とは?』 『お持ち帰りされない? 俺、ずっと長谷川さんの事が気になってたんだ』  まさかの予感が当たり、私は言葉を失う。  今までは彼を何とも思っていなかったけど、頻繁に飲みに誘われるようになってから、格好いい人だなと再認識していった。  顔が良くて仕事ができるのは言わずもがな、店員さんにも丁寧で、食べる姿も綺麗だ。  お酒に強く、飲んでも飲まれない。  最後は必ずタクシー代を渡して帰してくれるし、キャバクラの上客みたい……と思ったのは置いておいて、スマートな人だなと思っていた。  けど、その人に本当の〝お誘い〟を受けて戸惑ってしまった。
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