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「……お前を、守るためだった」
予想外の返事があり、私は目を見開く。
「……どういう事?」
尋ねると、亮は両手で自分の顔を覆い、深い溜め息をついた。
彼はしばらくその体勢のまま沈黙していたけれど、立ちあがるとベッドに上がり、壁に背中を預けて胡座をかいた。
「……お前、高校二年の終わりに、ちょっと虐められただろ」
言われて、胸がドキッと嫌な音を立てて鳴った。
母に心配させたくなくて言わなかったけれど、その頃、私は上級生の男子生徒に付きまとわれていた。
目立つ系の男子の先輩は、三年生なのにわざわざ二年生の階まできて、友達と私を見てニヤニヤ笑っていた。
廊下を歩いていると壁ドンをされて、至近距離で「胸でっか」と言われ、笑われた。
恥ずかしかったし、身の危険を感じてとても怖かった。
図書室にいても現れたし、ゴミ捨てで一人で歩いていると、集団で現れてからかわれ、なかなかクラスに返してもらえなかった。
友達は『好かれてるんじゃないの?』って言っていたけど、彼らに好意がない事ぐらい態度を見ていればすぐに分かる。
下校時に付きまとわれた時は、家を知られないように必死にまこうとした。
彼らに捕まってしまったら最後、取り返しのつかない事になりそうで、本当に怖かったから。
……でも気がついたら、先輩たちは私をからかうのに飽きたようで、姿を現さなくなり、そのまま卒業していった。
一時は心を掻き乱されていたけれど、彼らが卒業していなくなったのに安心し、なんとか頑張って受験勉強に打ち込む事ができた。
――それを、どうして亮が知っているんだろう。
(……嫌な予感がする)
私は亮にこの話をした事を後悔しながらも、彼の言葉を待った。
「俺はずっと二つ上の女の先輩に付きまとわれていた。通っていたのは私立のエスカレーターだから、その状態が四年続いた。中一の時点で俺は夕貴に一目惚れしていたから、付き合うのも、そういう事をするのも、夕貴が相手じゃないと嫌だと思っていた。……でも、俺が高一であいつが高三の時、『自分は卒業するから』って、手段を厭わなくなった」
「まさか……」
私に付きまとってきた男の先輩の姿がよぎり、思わず両手をギュッと握る。
「……ああいう奴ら、横の繋がりがあるんだよな。塾で知り合ったって言ってたけど、性格の悪いもん同士、意気投合したんだろ。『言う事を聞かないと、あんたの大切なお姉ちゃんを犯させる』って言われた」
亮は吐き捨てるように言い、ぼんやりと天井を見て続けた。
「だから望み通り〝相手〟になってやったよ。……俺がするっていうより、一方的に上に乗られたけど」
「っ~~~~!」
――私のせいで……!
激しいショックを受けた私は、両手で口元を覆って涙を零した。
亮は淡々と続ける。
「調子に乗ったあいつは、仲間を呼んだ。……その中に高瀬もいたんだよ。あいつは中学生の時に夕貴に嫉妬させるダシに使ったのを根に持っていて、俺に仕返しする機会を窺っていた。……奴らの家で好きなように弄ばれてた俺は、ただの竿だったな」
「ごめん……っ! ……っ、ごめんなさい……っ!」
私はボロボロと涙を零し、肩を震わせる。
「高瀬は俺とセックスするのを夢見ていて、俺に跨がりながら『これで両想いだね』って言ってた。……そんな状況におかれた俺は、何もかも夕貴と幸せになるための必要悪だと思い込んで自分を守っていた。悔し紛れに『こんなのただの〝練習〟だ。俺は本命と本当のセックスをする』って言ったけど、……それで余計にキレたのかな」
溜め息をついた亮の言葉が、胸に痛い。
「……夕貴と初めてした時は〝練習〟でもなんでもなかった。お前を抱くためにそれらしい嘘をついたんだ。……俺は、夕貴が成人するまで待って、お前の事だけは正式に、大切に抱きたかった。…………お前の体で俺を清めてほしいと思ったし、……いや、違うな。汚れきった俺の竿でお前の事も汚して、〝一緒〟になりたいと願っていた」
彼は私を見て、どろりと濁った暗い目で笑う。
――だからか。
――だから、亮は私に執着していた。
――慰み者になりながらも守った相手に、なんらかの〝対価〟を求めていたんだ。
「…………っ、ごめん……っ」
亮は泣き崩れる私を穏やかな表情で見て、慰める。
「俺が選んだ事だ。夕貴は……、…………俺の想いに応えてくれればいい、……んだけどな」
その望みすら叶えてあげられない現状に、私は唇をわななかせ、激しく嗚咽する。
――と、母の声がした。
「夕貴ちゃん? どうしたの?」
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