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『ねぇ、亮くん』
中学三年生の冬、ゴミ捨てに行ったタイミングで田町に捕まった。
『何回〝好き〟って言ったら、私の気持ちに応えてくれるの?』
俺が通っていた学校は、私立の進学校だ。
田町は分かりやすい不良でもなく、ギャルでもなく、黒髪ストレートの一見清楚そうな見た目をしている。
取り巻きたちも清楚系を意識した黒髪、白い肌を徹底しているからか、教師たちから〝要注意人物〟とは見なされていなかった。
制服も校則違反せずに着ている彼女たちが、下級生を取り囲んでいても誰も何も言わない。
『何回も言っていますが、お気持ちには応えられません』
『ふーん』
ニヤつきながらそう言った田町は、スマホを取りだすと俺に画面を突きつけてきた。
『!!』
液晶画面には、夕貴が映っている。
迷惑そうに腕で顔を庇った彼女は、明らかに何者かに嫌がらせを受け、強引に写真を撮られている。
『これはちょっと前の写真。お姉ちゃん、何も言ってなかった?』
田町はニヤニヤ笑いながら尋ねてくる。
『~~~~っ、どうして……っ!』
普段は感情を露わにせず、すげなく田町の誘いを断っていた俺が、カッとなって反応したからか、彼女はさも楽しげに笑った。
『君が私を無視するからだよ。君がいう事を聞かないと、お姉ちゃんは私の〝友達〟に犯される。あーあ、違う学校だから駆けつける事もできないね? かわいそ。警察に言う? 先生に言う? まだ何も起こってないのに? ただ写真を撮られただけなのに? 何かが起こるとしたら、君が私の誘いを断ったあとだね? ……君さえ私の言う事を聞いたら、大好きなお姉ちゃんは何も知らないまま、綺麗でいられるよ?』
この時はなぜ田町が夕貴の事を知っているのか分からず、混乱しきっていた。
混乱した俺は、夕貴を人質にとられて冷静な判断がくだせず――、頷いてしまった。
『いい子~。やっぱ亮くんは私の推し!』
抱きついてきた田町から甘ったるいシャンプーの匂いがしたが、絶望に堕とされた俺は、不快に感じる事もできなかった。
それからあとは、記憶が混濁していてハッキリと覚えていない。
〝皆〟で田町の家に行ったあと、女たちはノートパソコンでエロ動画を流して盛り上がる。
そのノリで田町を中心に女たちは俺に触り、服を脱がしてきた。
『避妊はしっかりしないとね』
そう言って田町は舐めて勃たせた俺のモノにゴムを被せ、『おっきい~! 入るかな!』とけたたましく笑った。
――初めてはいつか好きな人と。
少女漫画に出てくるような純粋な感情は、下卑た悪意に散らされた。
現実を受け入れたくない俺は、自分の身に起こっている事と心を切り離した。
女の体に包まれている間、体は快楽を覚えて声を漏らし、反応していたかもしれない。
だが心は無で、頭の中でずっと夕貴の事を考えていた。
皮肉にも、俺はその時初めて夕貴に対して明確な肉欲を抱いた。
――こんな奴らとセックスするぐらいなら、夕貴と本物のセックスをしたい。
――好きな人としたら、百万倍も気持ちいいに決まっている。
家に帰ったあと、夕貴の顔を見た瞬間泣いてしまいそうになった。
とっさに涙をごまかすために部屋に入り、バンッと音を立ててドアを閉じる。
――そうじゃない。
彼女がドアの向こうで『何かしてしまった? 怒らせた?』と戸惑っているのが手に取るように分かり、俺は両手で顔を覆う。
『……違うんだ』
呟いて、音が立たないようにボスッと枕を殴る。
何度も、何度も、俺は表情が抜けきった顔で枕を殴り続けた。
――家族の誰にも、気づかせてはいけない。
枕を殴りながら、俺は心を凍てつかせ、感情をコントロールしていく。
事が表沙汰になれば、ようやく平和な生活を掴んだ長谷川家が崩壊する。
俺一人のせいで、全員を心配させる訳にいかない。
何よりも、こんなみっともない目に遭っていると、夕貴にだけは知られたくない。
『……大丈夫だ。こんなの、どうって事はない』
自分に言い聞かせた俺は、ドンッと拳で胸を叩いた。
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