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田町の両親が家を空けがちなのをいい事に、来る日も来る日も、あいつらは俺を弄び続けた。
昼間は普通に学校に通って勉強し、放課後は見たくもない女の裸を見せつけられ、搾取される。
プライドがズタズタになり自我が崩壊しかけても、夕貴を守るという想いだけが俺の心に残っていた。
――が、それを嘲笑うように、ある日、田町の家に高瀬が現れた。
『……どう、……して……』
田町に跨がられていた俺は、呆然と目を見開いて彼女を見る。
一瞬感じたのは、『こんなところを見られたら、嫌われる!』という恐怖だった。
だが高瀬の歪んだ笑みを見て、すぐに自分が間違えていた事を知る。
『遅いじゃん、高瀬~!』
田町の仲間の一人が言い、彼女は無邪気に笑う。
『こういうのはちょっと遅れて現れたほうが、亮のショックが大きくなるかと思って』
『…………は?』
――なに言ってんだ? こいつ。
高瀬は目を丸くして固まっている俺の顔に、自分の顔を近づけて囁いた。
『私ね、当て馬にされた事、許した訳じゃないの。こう見えてプライドの高い女なんだよ。亮が私に土下座して謝るまで、一生許さない』
高瀬は目を見開き、爬虫類のように俺を凝視して言う。
その直後、クシャッと笑って俺にキスをした。
『でも私の処女をもらってくれるなら、許してあげる。お姉さんより先に結ばれるの。あははっ』
彼女の壊れた笑顔を見た瞬間、すべてを理解した。
高瀬は俺が夕貴を想っている事を田町に教え、情報提供の報酬として〝おこぼれ〟をもらう約束をしたのだ。
『……ハゲワシかよ……』
涙を一粒流し、嗤った俺に、高瀬は微笑んで言い返した。
『失礼だね、私は亮の運命のつがいだよ』
こんな状況で〝運命〟という言葉を使う高瀬は、もうとっくにおかしくなっていたのだろう。
その時に頭をよぎったのは、彼女から時々相談されていた家庭の悩みだ。
高瀬の両親は、政治家の父親と医師の母親。
だが長男は両親の期待にプレッシャーを感じて自死し、遺された高瀬は兄の代わりにがむしゃらに勉強に打ち込んだ。
しかし父は浮気をして家庭を顧みず、母親は高瀬に『一番でありなさい』と言って厳しく接し続ける。
努力してもすべてにおいて一番になれない高瀬は、母親から叱責され、冷たく当たられ続けていた。
《亮の家、親が再婚同士なの? 家にいづらくない? 私と一緒だね》
高瀬と話すようになった当初、俺に共通点を見いだした彼女は、必要以上の仲間意識を醸し出してくるようになった。
《私たちは魂の片割れ。私たちだけがお互いを分かり合えるの》
そう言っていた高瀬の言葉を、俺は話半分に聞いていた。
確かに俺も、新しい家族ができたばかりで多少の居心地の悪さを感じている。
しかし家族には何も期待せず、高瀬だけを選ぶかと言われれば違う。
俺と高瀬の間には、絶対的な温度差があった。
けれど彼女はすべてを自分の都合のいいように解釈し、俺は彼女を傷つけたくなくて言葉を否定しなかった。
否定しなかったが肯定もせず、ただ黙っていたのが最悪な結果を生んでしまった。
――分かっていたようで、こうなる事を予測できずにいた。
――それも、俺の甘さだ。
呆然とした俺の目から涙が零れる。
高瀬はまるでサロメのように俺の両頬に手を添え、陶酔しきった顔でキスをした。
――俺は彼女の誘惑を断り続けた、ヨカナーンだ。
理解した瞬間、俺は可笑しくなって小さく笑い始めた。
『んふふっ、亮も嬉しいの? やっと私たち、一緒になれるね』
半身が温かい肉に包まれるのを感じながら、俺は自分が犯した罪を痛感する。
――こうなったのはすべて、俺のせいだ。
ゆるゆると、意識が生温かい闇の中に包まれていく。
――もう、どうでもいい。
抵抗する気力もなくなった俺は、されるがままになっていた。
『ねぇ、亮。大丈夫?』
夕貴の声が聞こえてハッとすると、自室のベッドの横に夕貴が立ち、心配そうな顔をして俺の額に手を当てていた。
『傘、どこかに忘れてきたの? ずぶ濡れになって帰ってきて……、熱あるんじゃない?』
地獄から帰宅した俺は、学校に傘を忘れたまま歩いて家に帰り、Tシャツとスウェットズボンに着替えたあと、髪が濡れたのを放置してベッドに潜り込んでいた。
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