回想

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 田町は俺の事を『好きだから』と言ってちょっかいを掛けていたが、常に彼氏がいる女だった。  要は、見た目がよくて自尊心を満たしてくれる存在なら、誰でも良かったのだ。  実際、初めて関係を持った時も、田町は処女ではなかった。  当時は田町がパパ活をしているという噂も聞いたし、彼氏がいながら色んな相手に手を出す〝理由〟は、彼女なりにあったのだろう。  家庭環境に問題がなく、精神的に満たされている人が、リスクのある行為をするとは思えないからだ。  見た目、雰囲気で『こうに違いない』と決めつけるのは偏見だと分かっているが、田町たちは学年の中でも美少女の集団として目立っている。  男子からもさぞモテただろうし、彼女たちは自分に価値があると分かっているはずだ。  驕っている奴がいい気になって他者を弄ぶのは、よくある話なのでは……とあとになってから思った。  田町が高校二年生から三年生の頃、彼女は社会人と付き合っていたらしい。  俺がいる前でもドライブデートしただの、ブランド物のプレゼントをもらっただの自慢をしていたが、あとから思えば彼女の親は、高校生に手を出す社会人の男を信用していなかったのだろう。  その苛立ちをぶつけられていたのだと思うと、あまりに理不尽で腹が立ってくる。  だが卒業後は関わってこないなら、それ以上の事はない。  俺は高校一年生の三月に彼女たちから『バイバイ』と言われるまで、約一年我慢し続けた。  最後に〝お別れ〟をする時、田町は『いい思いをさせてもらったから、約束は守ってあげる。もともと君のお姉さんなんて興味ないしね。あんな地味な女』と言っていた。  一年間、その言葉が聞きたくて堪らなかった。 『卒業、おめでとうございます』  彼女たちを祝う気持ちなどさらさらなかったが、田町たちから〝卒業〟できるのだと思うと、この上なく嬉しかった。  時を同じくして夕貴も高校を卒業し、卒業祝いと大学の合格祝いに、家族四人でイタリアンレストランに行って食事をした。  当時の俺は田町たちから解放されたばかりで、他の事に気持ちを割く余裕がなかった。  だから親から食事に行く話を聞かされてから、夕貴の卒業祝を考えていなかった失態に気づいた。 (ちゃんとお祝いしたかったのに……)  数日できちんとした贈り物を用意するのは無理だ。  だからレストランに行った後日、夕貴のお気に入りのケーキ屋で、彼女の好きなケーキを数個買って祝うという、なんとも情けない祝い方をしてしまった。 『ありがとう! 亮!』  なのに夕貴は表情を輝かせ、笑顔でパクパクとケーキを食べる。 (本当はもっとちゃんとしたかった)  節目になる二十歳の誕生日にはちゃんとした物を贈ろうと誓った俺は、その時からリサーチを始めたのだった。  高校二年生になってから、田町たちからの誘いは一切なくなった。  おそらく大学生活が楽しくて、ガキを相手にする暇はなくなった……のだと思いたい。  大学生になれば自由度が高くなるし、世界も広がる。  お洒落をして大学に通い、放課後はバイトやサークル活動をし、付き合う相手も変わるかもしれない。  キラキラした生活の中、いまだ制服を着ているガキを相手にし続けるメリットはないと思ったのだろう。  あいつらが新生活を謳歌しているいっぽう、俺は自由の身になったというのに、しばらく実感を得られずにいた。  もう田町たちはいないのに、放課後に校内を歩いていたら、角を曲がったところでバッタリあいつらに会わないかと想像してしまう。  なんの関係もない女子たちがクスクス笑っている声を聞くだけで、あいつらの声かと思ってビクッとしてしまう。  そんな状態なので、俺はすっかり女子に愛想の悪い男になってしまった。 『長谷川くんって格好いいけど、怖いから鑑賞用だよね』  誰かがそう話していたのを耳にした。  生きている人間を〝鑑賞用〟とよく言えるな、と彼女たちの傲慢さに呆れながらも『ただ見るだけで済むなら、どれだけでも見てくれ』という気持ちにもなった。  少しずつ心を落ち着かせようとしていったのに、高瀬だけは俺に付きまとい続けた。  あんな事をしておきながら、あいつはいまだに『私だけが亮の理解者』という顔をして話しかけてくるのだ。 『ねぇ、亮。塾変えたの?』  放課後に玄関で靴を履き替えていた時、高瀬が話しかけてくる。  それを無視して歩き始めた時、グイッと腕を抱かれ、しがみつくようにして引き留められた。
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