秀弥さんと私のはじまり

2/2

1898人が本棚に入れています
本棚に追加
/48ページ
『……冗談ですよね?』 『冗談で女性を口説いて、落ちてくれると思うほど楽観的じゃない』  西崎さんは微笑んでいるけれど、目に真剣な光を宿して言う。 『私よりもっと綺麗な人がいると思いますけど』 『顔で女性を選ばない。……っていったら失礼になるのかな。長谷川さんは十分綺麗だと思うし、他にも沢山魅力がある』  どうやら本当に私を口説こうとしているみたいで、さらに訳が分からなくなる。 『……私、ワンナイトラブとかした事ないので、そういう付き合いに向いてないと思います』 『勿論、継続的な付き合いを望んでる』  あれこれ言って答えを引き伸ばそうとしている私に、西崎さんは辛抱強く返事をする。 (……私、亮と関係があるのに……)  そう思うと、〝まともな〟男性の手をとっていいのか悩んでしまう。  けど、ズルズルと続けてきた弟との関係を断ち切るには、西崎さんの手をとるのが最善な気がした。 『……私、訳ありですよ?』 『俺も訳ありだよ』  西崎さんは大人っぽく笑い、ワインを飲む。 『……じゃあ、大人の付き合いなら』  あの時、私からそう言ってしまった。  だから秀弥さんは私に「好き」って言ってくれないのかな。  エレベーターに乗って一階に下り、エントランスでブラブラしていると、秀弥さんが「よう」と歩み寄ってきた。 「お疲れ様です」 「行くか」  秀弥さんはそう言って、私の歩調に合わせて歩き始めた。 「夕貴、やっぱりハリー・ウィンストンとか興味ある?」 「えっ?」  そう言われたのは、秀弥さんとご飯を食べてバーで飲んでいた時だ。  突然ハイジュエリーブランドの名前が出て、ワインでほろ酔いになっていた私は我に返る。 「ずっと婚約指輪について調べてたけど、やっぱり俺が勝手に決めてサプライズするより、一生に一度の物だから、夕貴の気に入る物のほうがいいな……と思って」 「……そ、それって……」  目をまん丸に見開いて秀弥さんを見ると、彼は表情を変えずに言う。 「結婚するか」  ポカーンとしていると、秀弥さんが「どした?」と私の顔を覗き込んでくる。 「あ……、う、うん。はい。宜しくお願いします」  慌ててコクコクと頷くと、秀弥さんは「良かった」と笑った。 「……お前、好きオーラ出さないからどうなのかと思った」 「そっ……そんなの、秀弥さんもじゃない。わ、私たちセフレだと思っていて……」  私はセフレの部分だけ声を小さくし、溜め息をついて彼を軽く睨む。  好き好き言わないで淡々と付き合っていたのは、彼の言動に一喜一憂していたら心が持たないからだ。  最初はまじめに付き合うと思わなくて、一晩抱かれたら終わりだと思っていた。  でも秀弥さんは頻繁にデートに誘い、私を抱いた。  決定的な何かを言われた訳じゃないけど、デートとセックスを繰り返すうちに、私たちは恋人もどきになっていた。  デートを重ね、体を重ねるたびに、私は彼に惹かれていった。  好きとは言われなかったけど、大切にされている自覚はあったからだ。  だからこそ、好きと言われない事が気になり、自分はセフレなのだと思い込むようになった。  そうじゃなければ、「もうやめよう」と捨てられた時に立ち直れなくなる。  私は秀弥さんに似合う相手になりたくて、冷静で物分かりのいい女性を演じていたにすぎない。  でも秀弥さんは私の「セフレ」という言葉を聞いて、目を見開いた。 「セフレ? 俺、夕貴を特別扱いしてたつもりだけど」 「……こう言うと重いかもだけど、『好きだ』とか『付き合ってほしい』って言わなかったじゃない」 「あー……、悪い……」  思い当たる節があったのか、秀弥さんは前髪を掻き上げて、椅子の背もたれにもたれ掛かる。  そしてボソッと呟いた。
/48ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1898人が本棚に入れています
本棚に追加