災いを回避するために

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 考え事をしながら荷物を詰めた私は、秀弥さんに連絡を入れた。 【準備ができました】 【分かった。迎えに行くから待ってろ】  すぐに秀弥さんから連絡があり、私は玄関ホールにある椅子で待つ事にした。 「心配しないで。車で十分もかからないし、歩いても三十分ぐらい。すぐ近くにいるから」 「分かったわ。……でも、お嫁に出す予行練習だと思うと、やっぱり寂しいわね」  私と母が話しているのを、階段に座った亮が聞いている。  ほどなくしてチャイムの音が鳴った。 「じゃあ」  玄関のドアを開けると秀弥さんが立っていて、彼の顔を見た瞬間、ホッと安堵した。  その頃には上から父も下りていて、正式な挨拶の前に全員が顔を合わせる事になる。  秀弥さんは急な事だったにも拘わらず手土産を用意したらしく、母に紙袋を渡した。 「初めまして、西崎秀弥と申します」  私を迎えにくるだけなのに、秀弥さんはちゃんとスーツに着替えていた。 「初めまして、夕貴の母の美佐恵です」  母は微笑んで挨拶をし、そのあとに父と亮も同様にする。  亮の秀弥さんへの態度が怖かったけれど、一応普通にしてくれて安心した。  けれど二人は少しの間、探るように見つめ合い、その〝間〟が怖い。 「本当はきちんと時間をとってご挨拶すべきなのに、申し訳ございません」 「いいえ、夕貴が危険な目に遭っている時に、助けてくださってありがとうございます」  どうやら秀弥さんの第一印象はとてもいいみたいで、母はニコニコして応対している。  彼は家族たちに名刺を渡したあと、「今日は遅いのでまた日を改めて」と私のスーツケースを持った。 「じゃあ、いってきます」  私は家族に手を振り、最後に亮を見て――、サッと視線を逸らし、家を出る。  亮の側にいて寄り添ってあげたいのに、自分にその資格があるのか分からない。  本当はもっとゆっくり考えて、亮にどう接するべきか見極めるべきだ。  けれど差し迫った危険を理由に、私は正しい対応ができたか分からないまま、彼から離れようとしている。 (それに、秀弥さんを選んだ私が今さら何を? ってなるし……)  車の前で立っていると、トランクにスーツケースを載せた秀弥さんが「乗れよ」と声を掛けてきた。 「あっ、う、うん」  私は慌てて助手席に乗り、シートベルトを締める。  ほどなくして車は発進し、一路秀弥さんのマンションへ向かう。 「……かなり思い詰めてるな」  秀弥さんに言われ、私はコクンと頷く。 「……頭の中、ゴチャゴチャになっちゃって……」  私は溜め息をつき、シートに身を預ける。 「メッセで書いてた〝複雑な話〟って、俺は知らないほうがいい事?」  そう聞かれるのは当然だ。  身の危険を感じて秀弥さんの家に避難するぐらいだから、彼だって可能な限り詳細を聞きたいに決まっている。 「……亮の……、プライドに関わる事で……」  かろうじてそう言うと、秀弥さんは少し考えたあとに提案してきた。 「その様子をみると、かなりこじれた秘密の話なんだろう。俺が以前に言った、自分の〝隠し事〟みたいにな」  ズバリ言い当てられ、私はピクッと肩を跳ねさせる。 「……とりあえず、話してみないか? 知ったとしても悪いようにはしない。確かに俺は今まで亮くんに嫉妬してたけど、同時に面白がってもいた。でも、夕貴が抱えている話を聞いたとしても、絶対にそれをダシに彼をからかったりしないし、お前が軽々しく人の秘密を漏らした奴と思わせたりもしない。お前たち姉弟を尊重すると誓う」  彼らしい言葉を聞き、私は知らずと安堵の息を吐いていた。 「今、最も大切にすべき事は、その高瀬っていう危険人物からお前を守る事だ。今は相手が明確な犯罪行為を行わない限り、被害届けすら出せない状態だ。亮くんの学生時代の友人が自宅の場所を知っていても、その関係性を理由に会社を訪ねてきても、犯罪とは言えない。一から十まで、お前たち側の主張で構わないから、状況説明をしてもらわないと、俺も考えたくても考えられない」 「……そうだね」  秀弥さんに会えて安心し、彼の言葉を聞いて納得した私は、事情を話す事にした。 「マンションについたら、ゆっくり話す」 「分かった」  決意した私は、心の中で亮に「ごめんね」と謝った。 **
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