乱れ終わって

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乱れ終わって

 私はぼんやりしつつも、少しずつ冷静になり、亮の手をキュッと握る。 「……考えなしな事をしてごめん。……上に乗られるとか、嫌だったでしょ」  さっきは行為に夢中になって深く考えられなかったけれど、亮は高瀬さんや田町さんたちに跨がられ、搾取された。  トラウマになっているというのに、私は何も考えずに亮の上になって彼を攻めてしまった。  この上ない罪悪感と嫌悪感にまみれて謝ったけれど、亮は「いや」と言ったあと、私の手を握り返してくる。 「逆に吹っ切れた感じがする。相手が夕貴だから受け入れられたし、騎乗位になっても、お前が気持ちよさそうな顔をしているのを見て『可愛い』としか思わなかったんだ」  亮はあの交わりを思いだしてしみじみと言う。 「……正直、今まで寝る時も仰向けの体勢になるのを避けてた。十年近く、横向きに寝るのが当たり前になっていた。ドラマや映画でも、女が男の上に乗ってイチャイチャしているのを見るのが苦痛で、一生騎乗位でする事はないと思っていたけど……」  彼は私を見て、その向こうにいる秀弥さんを見てから、複雑な表情で溜め息をつく。 「荒療治なのかな。夕貴が西崎さんに愛撫されてるのを見てカッとなって、あとは無我夢中だった。フェラとか口ゴムする夕貴を見て、とても屈辱的な気持ちになって……、でも興奮した。『負けて堪るか』と思って腰を振っているうちに、訳が分からないまま3Pになってた。気がつけば夕貴が俺に跨がっていて、その妖艶な表情を見て興奮が昔の恐怖や嫌悪を上回った」  ポツポツと本音を話していく亮の言葉を聞いて、私は何とも言えない気持ちになる。  トラウマを乗り越えられたのは良かったけれど、まさかあれが原因とは……。 (もうちょっとまともなやり方で癒してあげたかった)  そう思うものの、もう起こってしまった出来事で。 「亮くんはさ、つらい想いをしたあとも夕貴に対しては性欲が持てて、セックスもできていた。だからセックスそのものに拒否感があった訳じゃないし、女嫌いになった訳でもない。……ま、夕貴限定で色んな事を許せるってのはあるだろうけど。なら夕貴の体を通じてトラウマを忘れていくってのは、ある意味道理に適ってると思うんだ」  秀弥さんが言い、私はハッとして尋ねた。 「もしかして、わざと……?」  すべて秀弥さんの計算通りなら、凄い。  ……と思ったんだけど。 「さぁね」  彼はごまかすように笑って、それ以上は言わなかった。 「……生まれて初めて3Pを経験して、俺は普通に挿入してるだけなのに、いつも以上の快楽と興奮を得た。なんか色んなものが限界を超えて破裂して……、どうでも良くなったかな」  ぼんやりした亮が言い、私は彼の髪を撫でながらおずおずと尋ねる。 「……高瀬さんの事も?」  彼女の名前を出すと、亮は溜め息をついた。 「分からない。……あいつが夕貴の会社まで押しかけて、お前にまでストーカー行為を働いた事については、今もムカついてる。これ以上関わってほしくないし、関わりたくない。……そう思っていたのは、俺が奴らによって〝損なわれた〟と思ったからだ。俺の人生はあいつらによってぶち壊しにされた。……でも」  そこまで言って、亮は私を見つめてくる。 「夕貴は側にいてくれる。俺は愛する女とセックスできてる。あいつらの行為を耐えて、耐えて夕貴を守っていたと思ったけど、……俺はちゃんと自分の手でお前を抱けていた。……『じゃあ、俺が無くしたと思っていたものはなんだったのか?』。確かに一方的な行為を強いられて心が死んだ。でも俺は今そこそこ幸せだし、男としての機能を失った訳じゃないし、夕貴も守れている。……西崎さんに夕貴をとられると思って焦ったけど、……なんか知らんがこうなって、憎むべきなのかも分からなくなった」  とりとめのない彼の言葉を聞いて、秀弥さんが笑った。 「亮くんは理不尽な事に遭いすぎて、頭の中がグツグツ煮えたってるんだよ。考えすぎて、女たちへの怒りや憎しみ、自分に向ける嫌悪や情けなさ、そういうネガティブな感情を持て余していて、発散先が夕貴を抱く事しかなかった。それで俺に夕貴を奪われかけただろ? どうしたらいいか分からなくなって、下手したらとんでもない事をしでかしていたかもしれない。……混乱しきった時って、想像もしないさらなる大混乱に巻き込まれると、スンッて冷静になるんだよ」  確かに、混乱した状況とか、激怒している時とかも、自分より取り乱している人を見ると冷静になるって言う。 「夕貴と亮くんの意見をおいて、自分の希望をまず言ってみるけど、俺はこれからの夕貴との生活に亮くんがいてもいいと思ってる」 「は?」 「え?」  秀弥さんの言葉を聞いて、亮と私は同時に間の抜けた声を上げた。  そんな私たち姉弟を見て、彼は大らかに笑う。
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