報復

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報復

「……一旦休戦しよう。安心して暮らせるようになるまで、俺はあんたに協力する」  亮の決断を聞いて、秀弥さんは微笑んで頷いた。 「よしきた」  彼は亮に手を差しだし、握手を求める。  その手を見て亮は溜め息をついたけれど、パンと音を立てて秀弥さんの手を掴み、ギュッと握った。 **  翌日、亮は自宅に帰り、両親に一人暮らしをする事を話して引っ越しの準備を進めると言った。  私と秀弥さんは、また普通に出社したのだけれど……。  普通に仕事をしていたけれど、「長谷川さん、ちょっといい?」と課長に呼ばれて会議室に向かう。  課長について歩いて会議室に入ると、秀弥さんに部長、専務に副社長までいる。  助けを求めるように秀弥さんを見たけれど、彼は表情を引き締めて黙っていた。 「これなんだけどね」  そう言って部長がテーブルの上に滑らせたのは、何かをプリントアウトしたA4の紙だ。  私は何が起こったのか分からない顔で紙を見て、上司たちの顔を見る。  部長が頷いたので、私は用紙を手に取ってプリントされている文字を読み始めた。 【桧物谷食品の商品開発部、長谷川夕貴は、上司の西崎秀弥と婚約しながら、同居している弟と肉体関係を結んでいます。弟は長谷川ホープエステートの専務、長谷川亮。ここに許されない姉弟の関係を告発します。淫乱な女を処分してください。】  その文章を見た瞬間、ゾッと全身に凄まじい悪寒が走った。  ――高瀬さんだ。  文章はメールをプリントアウトしたもので、差出人の名前はなく、メールアドレスは意味を持たない英数字の羅列で、捨てアカウントだと分かる。  客観的に見てこのメールを送ったのが高瀬さんだという証拠はないけれど、私は直感で理解した。秀弥さんも同じだろう。 (もしかしたら、父の会社にもこのメールが送られているかもしれない……)  そう思った瞬間、別の意味で顔から血の気が引く。  顔色を失って震えている私を見て、課長や部長は憐憫の籠もった複雑な表情をする。 「……まぁ、これが本当だとしても、プライベートは仕事に関係ない。君の家は両親が再婚同士だというし、弟さんと関係があったとしても倫理的に問題はないだろう」  部長は理解を示してくれるけれど、亮との事を言われていると思うと、苦痛でならない。 「このメールは総務部から回されてきたものだが、他言しないように言ってある。……しかし他の会社にまで送られていたら、少々厄介な事になる。私たちは血の繋がりがなくて問題はないと思えるが、他社の人たちは長谷川さんの内情を知らない」 「……申し訳ございません」  私は俯いたまま謝罪するものの、混乱して何をどうすべきか分からない。  秀弥さんの事はともかく、亮との事を皆に知られたと思っただけで、世界が終わったように感じる。  私は真っ青な顔をして体を震わせ、目に涙を滲ませる。  その様子を見て上司たちは気の毒に思ったのか、顔を見合わせて溜め息をついた。 「西崎くんからは何かある?」  部長に尋ねられ、秀弥さんは高瀬さんの事を説明し始めた。 「長谷川さんはストーカーに狙われています。相手は彼女の弟の亮くんの学友で、黒鋼商事の営業部に所属している高瀬奈々さん。彼女は学生時代から亮くんに付きまとい、長谷川さんの両親が再婚した事で姉となった彼女に嫉妬し、敵視しています。先日もうちの部下が、会社まで突撃してきた高瀬さんの接触を受けています」  秀弥さんの説明を受け、上司たちは重苦しい溜め息をついた。 「警察には?」  専務に尋ねられ、秀弥さんは首を横に振る。 「今日までは特筆すべき被害を受けていませんでした。長谷川さんは社外で高瀬さんから接触を受け、姉弟仲を壊しかねない事を言われました。会社まで来た彼女は部下から長谷川さんに関わる情報を聞き出しましたが、犯罪とは言えません。その時点で警察に通報しても、何もしてもらえなかったでしょう」  そこまで言い、秀弥さんは目に剣呑な光を宿して静かに微笑んだ。 「長谷川さんには気の毒ですが、これでこちらも動けます。捨てアカウントでしょうが、アカウントを削除したとしても一定期間は履歴が残ります。早急に弁護士に相談し、内容証明を打ってもらい、先方の家族や勤め先に通達したのち、中傷行為を止め、二度と関わらないよう求めます」  これ以上ない答えを聞き、上司たちはとりあえず自分たちが何かする必要はないと判断したようだ。  やがて事を静観していた副社長が口を開いた。 「現時点で会社の判断としては問題ないとする。だが他社にこのメールが送られていたなら、別途考えなければならない。それまでは保留にしよう」 「……はい……」  私は消え入りそうな声で返事をし、「もういいよ」と言われてユラリと立ちあがり、頭を下げると会議室をあとにした。 **
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