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「ダサいのはどっちだよ。ここは会社だ。いつまでも中学生の気分でいるんじゃねぇ。性格の曲がったもん同士集まって、ヒソヒソ陰口を広めて気に食わない奴をいじめて楽しいか? お前らみたいに気分で動く〝女子〟がいると、仕事が回んねぇんだよ」
「な……っ、女性差別! 最低!」
彼女はカッと赤面し、秀弥さんを糾弾する。
「差別ね。言葉の綾が気に食わないなら謝るけど、それなら君たちも長谷川さんに謝ったら? さっき廊下で率先して長谷川さんの悪口を言って、周りの人を扇動してたよな? あれについて言い訳は? 長い脚が自慢らしいけど、わざと転ばせたあれは傷害罪? 暴行罪? 知らんけど、故意にやったら問題になるって分かるよな? 中学生じゃねぇんだから」
一部始終を秀弥さんに見られていたと知った彼女は、ワナワナと唇を震わせる。
その様子を冷めた目で見た秀弥さんは、フロアを睥睨して言った。
「皆も分かってると思うけど、ここは仕事をする場所だ。ガキが集まってどうでもいい噂で盛り上がり、気に食わない者をいじめる場所じゃない。手抜きしたい奴が他の者に仕事を押しつけてるのもいつも見てるからな。上にも報告してるし、そういう事が積もり積もってあとから〝結果〟になっても俺は知らんぞ」
秀弥さんの言葉を聞いて、皆気まずそうに目を逸らして押し黙る。
「コツコツまじめに仕事をしている人が抜けたあと、困るのは適当にやってる奴だ。学生時代に宿題を丸写しさせてもらってた奴が、テストでいい点とれる訳ないもんな? 普通に仕事してる人には迷惑な騒ぎだろうが、見て見ぬフリをしているのも同罪だからな」
そこまで言って、秀弥さんは腕時計を見て午後の仕事が始まろうとしているのに気づき、「終わり」と言って自分のデスクに向かった。
私は気まずさを抱えながらも、係長に一言「怪我をしたので今日は早退させていただきます」と伝える。
実際、さっき転ばされた時に膝をしたたかに打ち、赤く腫れてジンジンと痛んでいた。
病院に行くまでではないけれど、早退する理由にしたら係長も承諾しやすくなると思った。
さきほどの女性社員は「怪我」という言葉を聞いて、チラッとこちらを窺っている。
彼女は普段調子のいいタイプで、強気な発言とノリとでリーダー格のような存在になっていた。
でもああやって皆の前で課長補佐に注意を受けたあとは、誰も彼女に声を掛けようとしなかった。
いつも彼女とつるんでいる女性社員たちも、素知らぬ顔をしてスマホを見たり、手鏡で前髪をチェックしたり、リップを塗っている。
やがて午後の仕事が始まる前に、私は「お先に失礼いたします」と言って職場を後にした。
「はぁ……」
エントランスまで行ってハイヤーを待ち、予約した車に乗り込むと、まっすぐ南青山にある秀弥さんの家に帰った。
家着に着替える途中、膝をもう一度確認すると、赤くなっている上にすりむいて少し皮がめくれていた。
「……少し気分を淹れ替えよう」
私はシャワーに入って丁寧に体を洗い、ボディスクラブで角質を落としてスベスベにする。
髪もじっくりと湯洗いをしてから頭皮を揉むようにしてシャンプーをし、トリートメントをしてインバス用のヘアアイロンを使って浸透させていく。
バスルームから出たあとも、アウトバスのヘアケアをし、ボディの化粧水を塗って香りのいいボディクリームも塗った。
フェイスケアもしっかりして、ようやく自分を整えられた気持ちになる。
そのあとはエアコンの効いた部屋でアイスクリームを食べ、大きな溜め息をついた。
とてもゆっくりシャワーを浴びたつもりでいたのに、まだ十四時すぎだ。
カウチソファにコロンと横になった私は、スマホを開いて亮にメッセージを打ち始めた。
いま彼は仕事中だけど、私用スマホはオフにしているはずだからきっと大丈夫。
【こんにちは。先日、会社に匿名でメールがありました。確証はないけれど、多分奈々ちゃんのような気がします。メールの内容は私が弟と肉体関係にあると暴露し、淫乱な女を処分してくださいとの事でした。……それで上司に呼び出されて、プライベートの事には口を出さないけど、このメールがもしも取引先とか色んな所に送られていたなら、少し考えなきゃいけないと言われました。私は秀弥さんと相談して、近いうちに会社を辞めるつもりでいます。亮のところは大丈夫ですか? 会社にそういうメールは来ていませんか? お父さんとお母さんに知られていませんか? 何かあったら教えてください】
メッセージを送ったあと、私は疲れを覚えて少し眠る事にした。
(早く帰ってるから、夕食は何か手の込んだ物を作ろう)
そう思いながら寝室に向かい、ベッドに寝転ぶと秀弥さんの匂いがついたタオルケットを被り、目を閉じた。
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