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『仲良くやってくれて、安心していたのよね』
そのあとに続く言葉を待っていると、彼女は柔らかく笑う。
『あの子は優しいから、私や周囲のために自分を押し殺して生きていくのかと思っていた。本当は再婚に抵抗があったかもしれないのに、夕貴は何一つ反抗せずついてきてくれた』
美佐恵さんは俺を見て微笑んだ。
『亮くんが夕貴を見る時、とても優しい目をしているのにすぐ気づいたわ。同時に〝姉〟を見るだけじゃない、複雑な感情があるのも分かっていた。……年頃の男女だから〝何か〟あったら……、と思ったけれど、私に二人の想いを止める権利があるのか分からなかった』
夕貴とセックスする時は、両親がいない時やラブホを使っていた。
両親がいる時は姉と弟を徹底したし、誤魔化せていたと思っていたが、やはり母親は鋭い。
俺が僅かに表情を固くしたからか、美佐恵さんは安心させるように微笑んだ。
『怒ってる訳じゃないのよ。むしろあの子に好きな人ができて良かった。連れ子同士の自覚があるからあなた達も気を遣っていただろうし、私もおおっぴらに許していいのか分からなかった』
彼女がそこまで言ったあと、父が続けた。
『私は美佐恵さんから、二人は特別な関係かもしれないと聞いていた。私もまた、亮と夕貴ちゃんが付き合う事に真っ向から反対はしない。再婚したての頃ならともかく、今は二人とも大人だ。それに亮は年齢以上に大人びていて、自分の社会的地位も、万が一の責任の取り方も承知していると信じている。体の関係があるとしても無責任な事はしないと信じていたから、二人から言い出してくれるまで待っていた』
そこまで言い、父は悪戯っぽく笑った。
『まぁ、仲良くしてくれていたから半分冗談で〝結婚するなら、籍を抜いて誰かと養子縁組をすれば……〟なんて事も口走った。むしろそう言ったから、亮は私なら反対しないと思っただろう』
『それはある。冗談なのは分かっていたけど〝姉弟で関係しているなんて〟と怒る親なら、そもそも結婚について言わないと思っていたから』
答えると、父は微笑んで頷いた。
『だから私たちとしては、大人だし本人の意思次第と思っている。怒ったりしないから安心しなさい』
父はお茶を一口飲むと、脚を組む。
『けれど他にも問題はある。夕貴ちゃんは西崎さんと結婚すると言っているだろう。そのあたりの問題はどうなっているのかという事と、我が家では問題ないとしても、会社や友人、世間の人がどう捉えるかだ』
第一の問題を切り抜けたかと思えば、第二の問題が立ちはだかる。
加えてあのメールの送り主が高瀬であろう事はまだ話していないが、それが第三の問題になる。
『……母さんは傷付かない?』
尋ねると、美佐恵さんは諦めたように微笑んだ。
『私は今まで〝夕貴はしっかり者だから〟と甘えて、あの子に構ってあげられなかった。再婚してやっと親子の時間ができたと思った頃には、夕貴はなんでも自分一人でできる、我慢強い子になっていた。……私が今さら母親ぶろうとしても無理なのよ。……今の私ができる事は、夕貴の望みを受け入れて邪魔をしない事。勿論、人生の先輩としてアドバイスしたい時があったら、口を挟みたいと思うけど』
その言葉を聞いて安心した。
俺は溜め息をつき、打ち明けた。
もう隠す事もないと思い、『姉ちゃん』と呼ばず『夕貴』と言う事にして。
『夕貴に先に手を出したのは俺だ。夕貴が二十歳の時、俺が十八歳の時から関係してる。本当は初対面の時に一目惚れしたけど、成人してからと思っていた』
両親は俺のこだわりを認めるように頷いた。
『本当に嫌だったら暴れて抵抗したと思う。でも彼女はそこまで嫌がらなかった。弟に迫られる事への抵抗と背徳感、バレたら……と怯える気持ちはあった。でも血の繋がりはないし、弟でなければ……という思いはあったと思う。俺との関係を終わらせたいと思ったからこそ、夕貴は西崎さんに縋った。俺じゃなければ誰でもいい訳じゃないし、あの二人は色んなところで馬が合ったんだと思う』
話しながら、彼の事を意外と受け入れている自分に少し笑った。
『それに横槍を入れたのは俺だ。俺にとって〝女性〟は夕貴しかいない。……詳しく話すのはやめとくけど、俺は女性不信で夕貴以外を愛せない』
俺も訳ありだと察し、両親は少し視線を落とす。
『西崎さんも俺と同じくらい強い想いで夕貴を求めている。三人でなんて不道徳で現実味がなくて、フィクションでしか聞かない話だと思う。……でも俺たちはそれぞれ真剣に夕貴を想い、彼女もそれを受け入れてくれた。俺たちにとってこれは遊びじゃない。人生をかけた真剣な恋なんだ』
静かに、けれどまじめに訴えると、美佐恵さんは少し黙ったあとに言った。
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