3755人が本棚に入れています
本棚に追加
新しい家は渋谷区広尾にある、三階建ての大きな家だった。
一階のほとんどはガレージで、あとは玄関ホールと客室があり、エレベーターもある。
二階は両親のベッドルーム、私の部屋、弟の部屋、父の書斎に母の部屋があり、三階には広々としたリビングダイニングや、アイランドキッチン、美術品を置く部屋もあった。
私たちは引っ越す前に食事会を開き、新しい父と弟と挨拶していた。
父は品のいい男性で、いかにもお金持ちという雰囲気がある。
でも偉ぶったところはなく、食事会でも沢山話題を振ってよく笑っていたので、慣れるまで時間は掛かるかもしれないけれど、良い関係が築けそうだと思った。
いっぽうで弟の亮は、少し長めの前髪の下からジッと私を見つめる、なんだかやりにくいタイプだ。
挨拶してもボソッと『よろしく』と言うだけで、兄弟のいない私はどうやって亮と接していけばいいか分からず悩んだ。
広尾の家に住み始めた当初は、他人の家で暮らしている感覚がとれず、なかなか眠れなかった。
さらに戸惑ったのは、父が私を買い物に連れ出しては、着せ替え人形のように服や靴、バッグなどを買い与えた事だ。
今までなら絶対に手の出ない、百貨店や高級地の路面店の商品を買われ、価値観の差にクラクラしてしまう。
でも、とても美味しいレストランでの食事や、スイーツは嬉しかった。
(こんなお金持ちと結婚して、捨てられないかな)
そんな不安を抱くのは当然だったけれど、父は思いの外母にベタ惚れだった。
大人になってから知った事だけれど、父の周りには彼の妻になりたがるギラギラした女性が多く、そのぶん彼は母の素朴さや優しさに惹かれたらしい。
そんな感じで今までからは一変した環境になったけれど、転校先の学校でもなんとか勉強に食らいつき、新しい生活に慣れていった。
転機があったのは、私が二十歳になった時だ。
私の誕生日は八月三十日で、継父に『大人の仲間入りをしたから』と言われ、誕生日前の週末に、都内の外資系ホテルのレストランでお祝いをしてもらった。
フレンチレストランで食事を終えたあと、両親は子供たちに『デートしたい』といって、二人でホテルのバーに向かった。
父はそれも見越して部屋をとり、私たち子供組は部屋に戻って自由時間を過ごす事にした。
宿泊するのはクイーンサイズのベッドが二台ある二部屋で、男性組、女性組に分かれている。
『フレンチ、美味しかったね。いまだにフォークやナイフの順番とか、分からなくて緊張するけど』
『別に、間違えたら新しいのを持ってきてくれるし、特に気にする事ないだろ』
私は父が買ってくれたワインレッドのワンピースを着て、亮はスーツ姿だ。
『じゃあ、私こっちだから』
私は隣り合っている部屋の前で亮に別れを告げ、カードキーを取り出す。
『……ちょっと、いい?』
その時、亮が廊下の壁に手をつき、斜め上から見下ろしてきた。
『え?』
いきなり壁ドンされて驚くと、亮は私の手からカードキーを取り上げ、ドアを開けると勝手に中に入っていった。
『あっ、りょ、亮……』
『姉ちゃんのベッドどっち』
『窓側』
『ふーん』
気のない返事をしつつも、亮は私のベッドに腰掛ける。
『な、何なの?』
困った私は立ち尽くし、弟を見るしかできない。
『ん』
と、亮がスーツのポケットから、ラッピングされた小箱を取りだした。
『え?』
『やる。誕生日プレゼント』
『あ、ありがとう……』
驚いた私は、おずおずと贈り物を受け取る。
今までもプレゼントされた事はあったけど、亮は口数が少なく、私を慕っている雰囲気はなく、義務的にくれているのだと思っていた。
困っていたら助けてくれる家族としての優しさはあったけれど、心が通じ合っているとは思えなかったので、私はいまだに彼の〝姉〟になれたと感じていない。
家族になったからお互い誕生日やクリスマスは祝うけど、『無理させてないかな?』と不安になる事はあった。
『開けていい?』
『どうぞ』
ピーコックグリーンのボックスを空けると、黄緑色やグリーンの石、透明なのや小さな真珠がついた、マルチカラーの指輪が入っていた。
最初のコメントを投稿しよう!