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押し黙って考え込んでいると、いつの間にか亮が目の前に来ていて、向かいの席に座った。
「悪い。不安にさせたな」
「……ううん。本当の事かもしれないし」
亮はいつも私の事を考えてくれている。
いたずらに不安にさせて、怯える私を見て楽しむなんて悪趣味な真似はしない。
相手が騒ぎの中心にいる弟であっても、私は彼を心の底から信頼していた。
「……まぁ、会社内の事は西崎さんも探ってくれてるだろ。俺が気づくぐらいだから、あの人ならすでに気づいてると思うし」
何だかんだ言って、亮が秀弥さんを認めてくれているのがとても嬉しかった。
「……なんだよ」
知らないうちにニコニコしていたからか、亮がテーブルの下でツンと足を蹴ってくる。
「ううん」
照れてるなと思うと彼が可愛く思えて、私はさらに笑みを深めた。
「…………ったく……」
亮は荒っぽい溜め息をつくと、横を向いて脚を組み、ポケットからスマホを出した。
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「……そうですか。ありがとうございます」
会議室で、俺は総務部の部長に頭を下げる。
昼間に中学生のいじめみたいな騒ぎが起こり、さすがに放置できないと思った俺は上長に相談したあと、その日のうちに会議を開いてもらった。
参加しているのは社長、副社長、専務、常務、商品開発部の部長、課長、俺、係長、総務部の部長、課長、人事部部長、係長。
俺は昼間にあった出来事を冷静に説明したあと、亮くんと高瀬の事を説明した。
勿論、彼の事情については触れていない。
先日、夕貴が呼び出された時に話した事をもう一度伝えた上で、彼女が被害者であると強調した。
「正直、私としてもお付き合いしている長谷川さんと弟さんに関係があると聞いて、驚いています。弟さんとは面識がありますが、長谷川さんとは普通に姉弟として接しています。嫉妬で我を失った者は視野が狭くなりますから、妄想で決めつけて長谷川さんを攻撃したのでしょう。彼女としても、親の再婚で家族となっただけで嫉妬されたものですから、堪ったもんじゃありません」
そう説明すると、皆重たい溜め息をついた。
「……じゃあ、まったく事実無根の事で長谷川さんが責められていると?」
常務が言い、俺は頷く。
「はい。彼女とお付き合いしている事を公言していませんでしたが、長谷川さんは私の婚約者です。私としても不名誉な噂を流され、〝なぜか〟広まった噂が原因で子供のようないじめが発生し、頭が痛いです。噂を信じた一部の社員によって、長谷川さんは酷い辱めを受け、精神的負担を受けて会社を辞めると言っています。私は彼女を転ばせ、中傷した者達に処分を求めます。また、本来なら総務部で他言無用となったこの情報が、なぜここまで広まったのか、原因究明を求めます」
すると総務部の者たちの目が泳ぎ、処分と聞いて誰かが溜め息をつく。
「いい大人が噂ごときで同じ会社の社員を中傷し、輪を乱すなどあってはなりません。不和を生んだ者は今後も誰かの足を引っ張るでしょう。そうなる前に厳重注意をしておいたほうが会社のためになりますし、生産性も上がるかと思います。長谷川さんは大人しい性格をしていて仕事を押しつけられがちですが、彼女が資料を纏めてくれるからこそ、次の商品に繋げられています。長谷川さんが辞めたあと、うちの部署はガタつくでしょうね」
「……確かに、西崎くんの言う通りだ。長谷川さんを中傷した者を覚えていたら、名前を挙げてほしい。後日、社員に聞き取り調査を行って該当者を洗い出したあと、処分を通告する。また、総務部でも噂の出所を探ってほしい。そして商品開発部では、長谷川さんのフォローを頼む」
社長に言われ、その場にいる全員が頷く。
「いっぽうで、高瀬さんが無差別に他所にあのメールを送った可能性も否めません。弊社に問い合わせがきた場合の回答も、用意しておいたほうがいいかと思います。念には念を入れて。……基本的に事実無根ですが」
「そうだな」
そのあとは処分内容や対応策などについて話し合い、最後は「女の嫉妬は怖い」「大人しい長谷川さんが気の毒」という方向になっていった。
(……よし。これで上は味方につけられた。馬鹿共は放っておけば処分を受ける。総務部から噂の出所を掴んだら、そいつの事も脅しておくか)
会議の内容に満足した俺は、立ちあがったあとゆっくり息を吐いて伸びをする。
「お疲れ様です」
そのあと「頑張れよ」と肩を叩いた専務に微笑み、スマホを出して弁護士からメールが来ていないか確認した。
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