4030人が本棚に入れています
本棚に追加
力なく呟くと、秀弥さんが私の肩を抱いてきた。
「そう思うのは分かる。もうこういうものに付き合いたくないよな」
同意してもらえ、私はコクンと頷く。
「でも、馬鹿共って放置しておいたら、いつまでも同じ過ちを犯すし、自分たちがしている事が悪い事だって気付けないんだよ。夕貴が一方的に傷付いて会社を辞め、死にたくなるような思いを抱いても、あいつらはなんの罪の意識も抱かない。お前がもしも自死したとしても、掲示板で『かわいそー(笑)』って笑って終わりだぞ」
私はグラスをテーブルに置き、ソファの上で膝を抱える。
「そういう奴らと話し合いをして理解を求め、『悪かったです。もうしません』って改心してもらおうと思うなんて無理だ。それに大体の見当はついているとはいえ、画面の向こうに〝誰〟がいると突き止める? 結局は情報開示請求をして相手を特定するしかないんだよ」
「……もしも、……会社の人だったら?」
脳裏に浮かんだのは、私の悪口を叩いて嗤っていた人たちだ。
「『掲示板で誹謗中傷してた犯人は、自分をよく知ってる人でした』ってのはあるあるだ。そうであっても、罪を犯した相手には罰を与え、思い知らさないとならない。それでなかったらお前の傷付き損になる。そんなの俺は絶対に嫌だ」
キッパリと言われ、私はハッと顔を上げる。
秀弥さんは私を見つめる目に覚悟を宿していた。
「お前はいっさい嫌なものを見なくていい。俺は婚約者として告訴権を有し、自分の意志で奴らを訴える」
彼がそう言ったあと、亮が続ける。
「西崎さんに『やめて』と言っても、弟として俺がやる。父さんと母さんだって、掲示板で夕貴が誹謗中傷されていると知れば黙っていないだろう」
戦う意志を捨てない二人を見て、私は「…………うん」と小さく頷いた。
「ま、俺たちに任せておけよ。何があっても夕貴を守るって決めたから」
「……ん、ありがとう」
頷くと、クシャクシャと秀弥さんに頭を撫でられた。
「亮くん、今日泊まってく?」
秀弥さんが話題を変え、亮は「んー……」と少し考えてから「そうする」と頷く。
「夕貴は疲れただろうから、ゆっくり休めよ。なんなら明日も有給使って休んでいい」
「……うん」
彼は頷いた私の顔を覗き込み、尋ねてくる。
「会社、どうする? 一応上は味方に付けたけど、今後の身の振り方は夕貴に任せる。俺もお前がいないなら会社にいる意味がないしな」
それを聞き、亮はチラリとこちらを見る。
「……二人で会社を辞めて、どうするつもりだ?」
「さぁね。裁判のほうに決着がついたら、日本を離れてもいいし、国内の温泉を巡ってもいいし」
秀弥さんの答えを聞いた亮は、ムッと眉間に皺を寄せる。
「なんだよそれ。俺をハブにして二人で逃避行か?」
すると秀弥さんは意地悪に笑う。
「君には会社があるだろ?」
挑戦的に言われた亮は、顎をそびやかして尊大に返事をした。
「夕貴が東京を離れるなら、俺だってこの街にいる必要はない」
「もう……、お父さんとお母さんが寂しがるでしょ。……何も犯罪者として追われている訳じゃないんだから」
呆れて言うと、秀弥さんにポンと肩を叩かれた。
「今の言葉、忘れるなよ? お前は犯罪者じゃない。堂々としていていいんだ」
「……はい」
私は絶対的な味方でいてくれる二人に感謝し、微笑んだ。
**
翌日も少しゆっくりさせてもらったあと、行きづらいながらも出社した。
職場に顔をだした途端、好奇の視線が突き刺さって痛い。
動揺しないように平静を努めてデスクに着くと、志保が話しかけてきた。
「おはよう!」
いつも通り接してくれる彼女にホッとし、私は微笑む。
「おはよう」
「大変だったね。もう大丈夫なの?」
志保は声を潜めて尋ねてくる。
「ん……、あんなふうに言われて転ばされて、確かに傷付いたけど、辞めるまではちゃんと出社しないと」
「え!?」
志保は大きな声を出したあと、ハッと周囲を見てから私の腕を掴み「こっち来て!」と廊下に引っ張り出す。
そして人気のないところまで私を連れて行ったあと、心配そうな表情で尋ねてきた。
最初のコメントを投稿しよう!