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生き流れ
音楽
小説
服
全部好きだった。
若さにかまけて、全部自分のものだった。
いつか、"本物"になるんだと、自分はその"本物"になれる資格があるんだと、愚かなその少女は疑わず
怠惰なまでの生活に身を委ねる。
時間は永遠ではないのに。
"本物"どころか、偽物でいる事さえ許されない現実を知ったのは、自分の力で生活を強いられた19の頃。
私は歌を捨て、ペンを握らなくなり、毎日仕事着に染まり、少ない稼ぎで食べる事に必死だった。
いつの間にか身体はやつれ、体重は今まで見た事がない数字になった。生きていく為の仕事のキツさを、生まれてはじめて知った気がした。
仕事が辛い。
身体がギシギシ音を立てていた時、ある男に出会った。
"救いだ"と、若さが誤作動を起こす。
そして、つまらない結婚を果たし、つまらない主婦となり、つまらないなりに母となった。
子供が育つ。
それは喜びで、強さで、幸福だと思った。
それらをちゃんと、私は受け止めていたはずだ。
だけれど、子供の成長は恐ろしく、生々しく、現実を長い長い長編映画に仕立て上げられて、目の前で上映され続ける。
台所に立ち、鼻歌を歌う。昔の歌だ。
リビングにいる子供が、煩いと言った。
観ているテレビの声が聞こえないと言う。
昔、私がまだマイクを握っていた頃、そう、あの頃。私が歌うと、その声を褒めてくれる人が居た。わざわざお金を出して、私の歌を聴きに来てくれる人が居た。
それがどうだろう。
今は、煩いと咎められる。
自分の部屋など無いものだから、ペンを握り、何かを書く事はなかった。文句も、賛美も、何も。空っぽだったせいだ。
服は子供のものばかり買った。
自分のを勇んで見に行くのに、手元には私には小さすぎるサイズのワンピースがある。
私は自分の身体に合う服が、もう既に分からなくなっていた。
仕事をして、結婚をして、子供を産んで、幸せですねと人は言う。
私はただ、それは何の話なんだろうと考える。
考えても、何も分からないままだ。
それは万人の幸福であるように讃えられ、私はその渦中にいるらしいのだけれど…。
また鼻歌を歌う。
子供が煩いと言う。
風が強い日で
轟々と鳴る。
私はそれを
煩いとは思わなかった。
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