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 シエラが危害を加えたとされる令嬢は、貴族の中でも末端に位置する男爵家の娘だ。社交界で少し騒ぎになったとしても、幽閉にまで発展するような問題ではなかった。  それは王太子も理解していたのだろう。だから、国王とシエラの両親が不在のときに王太子はシエラを断罪したのである。国王とシエラの両親が帰国してきたときには後の祭りだったというわけだ。  そんな風に始まった北の塔の生活だが、シエラにとっては悪いことばかりではなかった。いや、むしろいいことずくめなのではないか。  シエラは半分ほど出来上がった刺繍を見てにんまりと笑った。 「本当にここの生活は最高だわ。ねえ、そう思わない? サラ」 「そう思われるのはシエラお嬢様くらいですよ。こんな暗くて寒い塔に10年なんて……!」 「今回のことで、もちろん縁談は破談でしょ? しかも社交はしなくていいのよ? そのうえ、働く必要もないの! これ以上に最高な状況ってある?」  シエラの年齢は19歳。この北の塔を出るころには29歳となる。つまり結婚適齢期はとうに過ぎている年齢だ。過保護な両親や兄はきっとシエラにこう言うだろう。 『結婚せずにずっといればいい』  そうなればまさに楽園だ。領地にある別荘にでも引きこもって大好きな刺繍に明け暮れる。そんな毎日を過ごせばいい。  人生はそううまくいかないのは知っているけれど。
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