3/3
前へ
/29ページ
次へ
「お嬢様ったら。婚約を破棄されて、こんな北の塔に閉じ込められて喜んでいるなんて旦那様や奥様が知ったら嘆かれますよ」 「めそめそしているよりはいいじゃない? どうせ公爵家の力を使ったら10年もここに住めないわよ」  ランドール公爵は貴族の中でも名門の家柄だ。王太子の決定を覆すことくらいたやすいだろう。正式な手順を踏むとなると、長くて一年だろうか。  つまり、こののんびりとした生活を堪能できるのは今しかないというわけだ。  一ついいことがあったとすれば、王太子との婚約が破棄されたことだろうか。彼とは幼いころからの腐れ縁で、5歳のとき婚約は結ばれた。活発な王太子とは反対にシエラは内向的でインドアだ。幼いころは乗馬だお茶会だと連れまわされ苦労した。一つとして楽しいと思ったことはない。  何をやらせてもどんくさいシエラとの遊びは、彼も楽しくはなかったのだろう。シエラはなかなか馬にも乗れず、ダンスをやらせれば足を踏むばかりなのだから。いつしか彼はシエラを誘わなくなった。  そして、今回の騒動である。彼は運命の相手を見つけたのだ。こんな騒ぎを起こさずとも、婚約破棄を申し出てくれればあっさりと手を引いたというのに。 「サラ。お母様にもっとたくさん刺繍の糸を持ってきてとお願いしてね」 「わかりました。これでは閉じ込められているのか、閉じこもっているのかわかりませんね」  サラが笑った。  公爵家の力でまた面倒な令嬢生活を送らなければならないのであれば、この休暇を楽しむほかない。そのためには刺繍の道具がたくさん必要なのだから仕方ないではないか。
/29ページ

最初のコメントを投稿しよう!

208人が本棚に入れています
本棚に追加