確かに愛を謳っていた。

2/5
前へ
/5ページ
次へ
 *** 「えっと、これは何がどうしてどうなったの?」  とりあえず、パニクっていてはどうにもならない。  私はどうにか暴れる愛犬を宥め、走り回る沙耶を魔法で拘束すると、幸也に事情説明を求めたのだった。  私は悲鳴が上がったまさにその瞬間、洗濯をしていたので現場をはっきり見ていないのだ。いつものように小学六年生の娘である沙耶が、リビングでちょっとした魔法の訓練をしていたのは知っているが。 「ああ、うん、えっと……」  今日は日曜日。  テレビを見ながら娘の特訓を見守っていたであろう夫は、冷や汗をだらだらかきながら目を逸らしたのだった。 「沙耶がな。コップの水を、別のコップに移動させる魔法を練習してたんだ。アポート系の魔法は、どこに行っても役立つし。基本の一つだろう?」 「まあ、そうね」  アポート、というのは。物体を別の場所に瞬間移動させることである。  テレポートとの違いは何を移動させるか、という点。基本的にテレポートは人間=自分がどこかに転移することを指す。アポートは自分ではない何かを転送する。この魔法はよく似ているが、唱える呪文ややり方に随分と差があるのだ。  物体転送の魔法が使えれば、それこそ要人が襲撃された時の緊急回避にも使えるし、事故に遭いそうな人々を緊急退避することもできる。生き埋めにされた人を瓦礫の下から救出するのにも役立つかもしれない。下手な攻撃魔法より人命を守るのに役立つ魔法と言えるのだ。  ゆえに、沙耶には小学生のうちにテレポートとアポートは使えるようになっておけ、とノルマを出しておいたのである。彼女は水を飛ばしたり小さな雷を落としたりという魔法は得意だったが、どうにも転移系の魔法は苦手なようで随分苦労していたのを覚えている。  ノルマ達成までのタイムリミットは、もう半年しか残っていない。ゆえに休みの日も必死で魔法を練習していた、というところだろうが。 「……そしたら、その」  幸也はばつが悪そうに言った。 「練習している沙耶の足に、とんかつが突進して」 「突進して?」 「そしたら杖があらぬ方に吹っ飛んでいって、それがまさに呪文を唱えるのと同時だったもんだから……気づいたら、こんなことに」 「……」  こんなこと。  私は、だっこしているコーギーを見下ろした。とんかつはさっきから、犬語でずっと何かを訴えている。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加