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プロローグ
五百年ほど昔、マケール王国の国王は広大な国土を四人の子に分割し統治させた。その後、後世に暗黒時代と呼ばれる混乱を経てマケール王国は滅び、四人の子の一人の子孫であるジスラールによって再び統一される。そして彼はジスラール王国初代国王となった。
マケールの他の三人の子の子孫はジスラール王国国王に忠誠を誓い、「諸侯」としてそれぞれの地域を統治した。南部をベルジュラック、北部がヴァリエ、西部がゼナイド、そして王都がある東部を国王が治めることになった。
それから年月を経て、再び王位をめぐる内乱が起きた。
前国王の王太子であるローランドと王弟のエクテルの闘いは、若きローランド一世が内乱を制し国王に即位することで終結した。
しかし、それから四年経った今もなお国内には濃い影を落としている。
*
諸侯の一つ、ベルジュラック公爵家が統治する南部。
ベルジュラック家から家臣ゴーチェ子爵に下賜されたゴーチェ領は、争乱の舞台となった王都から遠く離れていることもあって内乱の影響をそれほど受けることはなく、長閑な穀倉地帯を守っていた。
広がる麦畑から少し森に入った高台に建つ、国境地帯にふさわしい堅固な石の壁に囲まれたクリーム色の壁に茶色い屋根の建物が、領主であるゴーチェ子爵の邸である。
*
ラウリーヌ・ゴーチェは、ある日父に呼ばれるなりこう言われた。
「お前に婚約の申し込みが来ている。」
時が数十秒止まり、ラウリーヌはようやく声を出した。
「……は?」
「お前もいつまでも走り回ったり剣を振るったりする年でもあるまい。そろそろそういう話が来てもおかしくないのは自覚しているだろう? ラウリーヌ。」
ラウリーヌはすっと目を細めて父を見た。
「……相手は誰です?」
「ジョスラン・ベルジュラック公爵だ。」
ラウリーヌは驚きのあまり、今度は心臓が止まったかと思った。
*
ラウリーヌは白いレースアップシャツとパンタロンにブーツを身につけ、腰まである黄金色の緩い巻き毛を後ろで一つに結び、大股で廊下を歩いていた。
右手に剣、左手には婚約相手の詳細を書いた紙を握りしめ、琥珀色の瞳は怒りで輝き金色にも見える。
父の書斎を出た後、母と兄の所に「無理だ、断るのに協力してほしい」と直談判をしに行ったが、すげなく却下された。
相手は主家のベルジュラック公爵家。家臣であるゴーチェが断れるはずがない、と。
*
「おはようございます、お嬢。……機嫌が悪そうですね。」
裏手の鍛錬場に向かう途中、騎士の一人に声をかけられた。父と同じ世代の、子どもの時からよく遊んでもらった騎士だ。
「父さまから縁談の話が出た。」
「あー、もうお嬢も十六才でしたっけ。そういうお年頃なんですね。というか、貴族の令嬢としては遅くないです?」
「遅いも早いもないわ。相手はよくわからない人だし父さまは私が剣を握るのも止めさせようとしているし。」
騎士は複雑そうな表情をラウリーヌに向けた。
「……それは仕方ないんじゃないですかね。で、お相手はどなたです?」
「……。」
ジョスラン・マルユス・ベルジュラック公爵。
王族に連なる地位で、王国に三人いる諸侯の一人であり、ラウリーヌの父をはじめとする南部貴族が仕える主でもある。海に面する広大な領地を有し、それをゴーチェ子爵のような家臣に分け与えてまとめあげている。
おまけに現当主のジョスランは貿易で莫大な利益を上げ、その財力は内乱の戦後処理に追われる現王家をも凌ぐとも噂される。
数年前、先代公爵が急逝しジョスランが跡を継いだが、本人は体が不自由で領主を集めた会議以外で社交に顔を出すことはなく、謎の人物ともされる。
ラウリーヌは幼い頃、父に連れられてベルジュラック邸に何度か行った記憶があるが、まるで宮殿のような圧倒されるほど豪奢な屋敷だったことだけを覚えていて、それらしき人物に会った記憶はない。
なぜ公爵家が子爵家に縁談を持ちかけるのか疑問に持ったが、体が不自由で今まで結婚するつもりはなかったため、釣り合う令嬢は既に婚約か婚姻済みであるらしい。
それが、ある時ラウリーヌを見て見初め、ぜひにと申し出があったことを父は恐縮しながら話した。
どこで見初められたのか、全く記憶がない。
ラウリーヌは眉間に皺を寄せて「はあっ」と息を吐いた。
立場的に断れるはずがない。が、急な話で受け入れることもできない。ラウリーヌには自分なりにこの土地を守っていきたいという目標があるのだ。
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