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ベルジュラックの屋敷に来てから三日経ち、お披露目の夜会の日が来た。
ラウリーヌは柱に捕まってジーナとメイ二人がかりでコルセットの紐を絞められていた。
「息を吐いて、はいっ、締めますよ。」
「ふうぅっ。」
ドレスを着て装飾品を付け、それだけでもうクタクタになる。
「息を吐いて締めたら息を吸えないんだけど。」
「話せているから大丈夫です。」
ジーナは容赦がない。そんなジーナをメイとサラが尊敬の眼差しで見ている。
「それにしても、この夜会はブノア夫妻とレノーが準備してくれたけど、次からは私が采配しないといけないのよね。不安しかないわ。」
「旦那さまは社交をあまりしないとお聞きしていますし、あまり機会はないのではないですか?」
ジーナがそう言うと、メイとサラも同調した。
「そうですね、私たちはこの屋敷で夜会が行われると聞いたのは先代さま以来です。」
「私たちは子供でしたが、華やかな夜会が行われると街も活気づくのでよく覚えています。」
「そうか、夜会があると食材や花が納入されるから経済が回るのね。」
ということは、今夜をきっかけに今後夜会が催されることがあるかもしれない。
化粧も終わり落ち着いた頃、ドアがノックされジョスランが姿を現した。
今日はまた気圧されるような美貌を放っている。
今日の装いは濃紺で、シングルブレストのコートには金で刺繍がほどこされ、艶やかなシルクのウエストコートにも揃いの刺繍がされている。
そしてクラバットにはラウリーヌの瞳の色に近いトパーズが輝いている。
ラウリーヌが付けているのはジョスランの瞳に近い高品質のサファイアの首飾りとイヤリングで、それに気がつくと改めてドキドキしてきた。
「美しいな、ラウリーヌ。」
優しげに目を細めて褒めてくれるジョスランの方がよほど美しいのだけど、と複雑な気分になるが、顔が熱くなる。
「……ジョスランもとても素敵で、す。」
「ふふっ、ありがとう。こういう格好は滅多にしないから落ち着かないが、君に褒めてもらえて頑張れそうだ。では行こうか。」
「ええ。」
(大人だわ……。私、大丈夫かしら。このジョスランに釣り合うのかしら……。)
扉が開かれ、二人で大広間へと進んだ。
ジョスランの挨拶の後、二人でゆっくりと広間を巡り周辺の領主や貴族と挨拶を交わす。
驚きと羨望の眼差し、皮肉が隠された言葉。その全てに気を抜けず、ひりひりとした緊張感が皮膚を覆う。
(これが社交。ジョスランが嫌うのも分かるかも。)
挨拶が一通り終わった後、主催者に用意された席に座った。
「ジョスラン、大丈夫?」
ずっとラウリーヌをエスコートしながら歩いていたのだ。足に負担がかかっただろう。
「このぐらい大丈夫だ。ラウリーヌこそ疲れただろう。」
ラウリーヌが眉を下げてわずかに頷くと、ジョスランがくすくす笑う。
今まで社交に顔を出さなかったジョスランの美しさを見て、ラウリーヌに妬みや敵意を滲ませた視線を多く感じた。それでなくても現王家をも凌ぐ資産家と言われているのだ。
妬まれるのも当然なのだが、ラウリーヌは今まで長閑なゴーチェで育ったので経験がない。
無意識に小さく息をはいてしまう。
「気にすることはない。あやつらは私自身ではなく地位や財力を見ているのだ。今まで結婚しないと公言していたのが婚約したのだからな、すぐ収束する。」
「……そうかしら。」
この人はもしかして自分がわかってないのでは、と眉を顰めると、ジョスランが笑いながらするりとラウリーヌの頬を撫でた。
「それに気づかないか? 私に対しても美しい令嬢と婚約した男と妬ましげな視線を向けられていることを。」
ラウリーヌが赤くなり「そんなわけ……」としどろもどろになっていると今度は手を重ねられた。
「ほら、キーファー殿が来た。私は踊れないから兄君と踊っておいで。」
頬や手に触れられてラウリーヌが真っ赤になったところで兄のキーファーが二人の前で礼儀正しく頭を下げ、手を出した。
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