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穏やかな日々が過ぎて行く中、王都に視察に行く日がやってきた。
「あ、ラウリーヌさま。」
慌てたようにレノーが駆け寄ってくる。
「申し訳ありません、ただいま来客がありまして……。少々お待ちくださいますか?」
「来客……? わかったわ。」
レノーはそう言うと、踵を返して戻って行った。仕事関係の緊急な要件だろうか。
「ジーナ、庭で待ちましょう。」
「かしこまりました。」
南部は秋の終わりといっても陽がさすと暖かく、庭では咲き残った秋の薔薇が目を楽しませてくれる。
「その話は終わったはずだ、侯爵。」
庭に面した応接室からジョスランの低い声が聞こえる。仕事ならば執務室の横にある部屋を使うと思っていたので、ラウリーヌは慌てて身を隠した。
「婚約者には我が娘をと先代公爵に申し入れをしておりましたし、ジョスラン殿とて……。」
(え……?)
薔薇の植え込みの陰から応接室を見やると、ジョスランと初老の男性、そして若い女性が対峙していた。
「父がどう思っていようと私は断ったはずだ。それをあのような……。私が忌避しないとでも思ったのか。」
「それでもわたくしがあなたの子を身籠ったのは事実です!」
ラウリーヌの頭が真っ白になり、体がぐらりと揺れ、ジーナに支えられた。
「流産したと聞いた。医師からは媚薬など怪しげな薬の影響もあっただろうと。」
ジョスランはぎろりと目の前の親子を睨んだ。
「……でも、あなたは責任を取るべきですわ。」
「なんの? 体の動かない私にさらに媚薬を盛り、部屋に侵入してきたことか?」
「先代公爵さまの了承は得ていた!」
父親が鋭い視線でジョスランを見やる。
「現公爵は私だ。」
ジョスランの静かながらも圧のある声が響く。
「それに亡き父を侮辱するのは看過できぬ。」
「しかし事実です。マデリンはもう他に嫁ぐことはできない。……あの婚約者殿は子爵家の娘でしょう? 愛妾にでもすればよいではないですか。」
ジョスランの右手の人差し指がぴくりと動く。
「確かにその方は北部諸侯の縁戚に当たる。父もそのことを考慮していたのだろう。……しかし、私の妻は私が決める。相応の賠償金を支払おう。話はそれで終わりだ。」
「ジョスラン!」
「呼び捨てにする許可を出した覚えはない。」
マデリンはびくっと体を震わせ、項垂れた。
「わたくしは……、あなたを。」
「聞きたくないな。よければ結婚相手を探してやってもいいだろう。幸い、子が流れたことは知られていない。侯爵家にふさわしい相手を……。」
「公爵!」
「くどい。」
なおも食い下がる侯爵にジョスランは冷たく言い放った。
「譲歩している。」
青い顔をした侯爵は娘のマデリンの腕を掴み、優雅さもない早足で部屋を出て行った。
「お疲れ。」
「ラウリーヌを待たせているな。」
「それがさ……。」
レノーが向けた視線に目を向けると、植え込みの向こうから黄金の髪の毛が煌めいている。
「ごめん、この部屋を使っていると伝え忘れていた。」
ジョスランは大きくため息をついた。
*
「ラウリーヌ。」
ラウリーヌが今にも涙が溢れそうな瞳でジョスランを見上げると、ジョスランの心に庇護欲が溢れる。
さらりと黄金色の髪の毛を撫でた。
「すまぬ、心配させたか。ジーナもそう睨むな。」
レノーがそっと怒れるジーナを後ろに下がらせ、二人だけで話ができるように配慮した。
ジョスランは、俯くラウリーヌにゆっくりと話し出した。
「父が私を後継者と決めた後、私は結婚するつもりがなかったのだが、あのように私へ娘を差し向ける貴族は多かった。……あからさまな実力行使に出たのは稀だったが。あの侯爵は父に申し入れたが私に断られ、その上で父の了承を得て既成事実を作ろうとした。
父の急逝により揉み消したがね。」
「……あなたのお父さまが許したということは、ベルジュラックのためになると判断したからでしょう。」
「北部諸侯であるヴァリエ公爵は王太子派であったから、中立の南部と、という政略的な意味ももちろんあった。しかしそれは私にとって意味のないものだ。」
ジョスランは髪の毛を撫でていた手を頬に滑らせた。
「私の妻は私が決める。それに、私の子を産むのは君だけだ。」
まっすぐな視線と思わぬ発言を受けてラウリーヌは頬を赤らめながら、それを見られないように下を向いた。するとジョスランが右手でラウリーヌの手を取った。
「ラウリーヌ、私と結婚してもよいと、決心ができたら言ってくれ。私が愛しているのは君だけだ。誰にも文句を言わせないよう、君を守ると誓う。」
ラウリーヌの頬に涙が一筋流れた。
「私は……。私が結婚するのはあなたしかいないわ、ジョスラン。」
ラウリーヌは顔を上げ、わずかに目を見張るジョスランをまっすぐに見た。
「あなたが好き……。あなたの隣に立つのに相応しくなると、あなたを守ると誓うわ。」
ジョスランはぎゅっとラウリーヌの背中を抱き寄せ、二人は唇を合わせた。
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