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メリザンド①
あの後、盛大に照れたラウリーヌの気持ちが落ち着くのを待って二人は領都メリザンドへ出掛けた。小回りのきく小型の馬車に乗り、レノーと騎士二人が馬に乗って護衛についている。
気乗りがしないなら今日はやめておこうかと、あれからジョスランにご機嫌を取られたラウリーヌは、気分を変えるためにも改めてメリザンドを楽しむことにした。
*
後にマデリンはジスラールに商談のため訪れていた他国の王族に嫁ぐことになった。その準備はジョスランから内々に支払われた賠償金で賄われ、侯爵にはなんの不満もなかったという。
*
「嬉しいわ。私が剣の練習をしていた時は兄のお下がりを着ていたの。」
移り変わる車窓の風景に気持ちも晴々としたラウリーヌがジョスランに笑顔を向ける。
そう、ジョスランは自分より九つも年上の高位貴族なのだ。自分が知らない過去もたくさんある。マデリンとのことは何年も前の出来事だし、それに今隣にいるのはラウリーヌだ。
ジョスランはラウリーヌの笑顔を見て柔らかく微笑んだ。
「では今日はラウリーヌに合わせた動きやすいものを買おう。乗馬服もいるな。」
「いいの? でも先日の夜会にもドレスとサファイアを……。」
「今日は私の私財から買うのだ。問題ない。」
店の前に馬車を横付けすると、店主をはじめ従業員たちが並び、出迎えてくれた。
店内はもちろん貸切で、椅子に座ると、次々と商品を持ってきてくれ、ラウリーヌが少しでも興味を示すとジョスランが購入しようとする。
ラウリーヌはこんな生活が続くと勘違いしてしまいそうだと気を引き締めた。
「いいのですよ、ラウリーヌさま。ジョスランが買うことで店も店員も潤います。」
「それはそうなのだけど……。」
慣れていないのだ。そして慣れることが怖いのだ。
最後に宝飾店に寄り、お互いの色をした指輪を注文して買い物を終えた。
店を出て少し馬車を走らせて街の中心部にある広場の噴水の側で降りた。真ん中に真っ白な女神像が立っており、掲げた水瓶から豊かに水が流れ落ちている。秋の日差しに水しぶきがきらきらと光って美しい。
石畳みは歩きにくいので、ジョスランは杖を使ってゆっくり歩き、噴水を見渡せる場所にあるベンチに座った。
ジョスランは社交にはあまり顔を出さないが、街には時々視察に訪れているらしい。もっとも馬車の中から見ているので領都の住人といえどジョスランの顔を知る者は少ない。
しかし、その際気づいたことやレノーや従者たちが聞き取った要望がきちんと改善されるので、街の者たちはみんなジョスランを尊敬している。
「ラウリーヌはメリザンドに来たことは?」
「何度かあるわ。昨年、母と観劇に来たのが最後かしら。」
「そうか、この街はどうだ? ラウリーヌの目から見て改善点はあるだろうか。」
「え、ええと、そうね。」
突然の質問に驚いたが、意見を聞いてくれることは素直に嬉しく感じる。
「例えば市場なんだけど、通路を広くするか歩行者のみの通行にしてもいいと思うの。」
ラウリーヌが目の前の市場を見ながら考える。小さなテントのような店がひしめくように並んでいるが、歩行者の中を縫うように小さな荷馬車が進んでいる。
「店を出したいという要望が多いのですよ。」
「でも、ほらあれ。」
子どもがカゴを持ち、お使いに来ている。
「小さな子どもにあの混雑は危ないわ。店を出せる場所を広場だけじゃなく大通りにも広げるとか。あ、あと市場で買ったものを食べる椅子とテーブルが欲しいわ。」
「それはラウリーヌさまの願望ですね。」
レノーがははっと笑う。
黙って聞いていたジョスランは、市場の人の流れをじっと見ている。
「食料と雑貨とか、区画を分けた方がいいだろうな。今はどうなっている?」
「だいたい決まった場所に決まった店があるけど、厳密には決まってないね。調査してみよう。」
「それなら、案内図があれば嬉しいわ。食べ歩きとかにも便利そう。」
「ラウリーヌは市場で買ったものを食べたりするのか?」
「ゴーチェではたまに。ジョスランはしたことがないの?」
「ないな。」
確かに街で買い食いする姿は想像しにくい。
「レノーは?」
「たまにありますよ、休みの日とか。」
「レノー、休みの日があるの? ずっとジョスランにくっついているのかと思っていたわ。」
「息が詰まるでしょ、そんなの。」
ふふっと笑いが溢れる。
「レノーのおすすめの店はないかしら?」
「えー、ジョスランに食べさせるんですか。あー……でも串に刺さったものなら食べやすいかもしれませんね。待ってて下さい。」
レノーが小ぶりの肉が串に刺さったものと、一口サイズの焼き菓子、飲み物を買ってきた。
興味津々に串を持って食べるジョスランを微笑ましく見ながら、穏やかな休日が過ぎていった。
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