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ルノヴァン宮殿①
そして舞踏会の日がやってきた。
内乱の折、宮殿も戦いの場となったはずだが、まだ復興しきっていない街とは違い元の姿を戻しているようだ。
煌びやかなシャンデリアの光が大きなガラス窓と壁にはめ込まれた鏡に反射されて眩しい。
その中を着飾った紳士淑女が笑いさざめきながら今日の主役の登場を今か今かと待ち構えていた。
体が不自由で人嫌い、そして大金持ちの謎の大貴族と、その婚約者である田舎の子爵令嬢。
ジョスランとラウリーヌは、今日の話題の中心となっていた。
「ジョスラン・マルユス・ベルジュラック公爵、ラウリーヌ・ゴーチェ子爵令嬢!」
話し声がひそめられ、国王と王妃が座っている玉座の正面となる扉の方へ視線が集まる。
黒髪長身の美丈夫と、黄金色の髪の毛を結い上げ、緩く巻いた髪の毛を背中に垂らした美少女が現れ、ゆっくりと前に進む。
男はわずかに左足を引きずり、右手に持った杖で支えている。少女は男の力の入っていない左腕に手を添え、その速度に合わせてゆっくりと進む。しかしその様は音楽に乗るように優雅で、余裕を感じさせる。
そのゆっくりとした歩みに、人々は国王が焦れてしまうのではないかとヒヤヒヤしたが、国王は穏やかに微笑んで二人の到着を待った。
二人は国王夫妻の前に立つと、公爵は胸に手を当て頭を下げ、令嬢はカーテシーをした。
「面を上げよ。」
クリーム色の大理石の壇上、金の彫刻で縁取られた赤い玉座に座るのは、内乱を制して国王の座に座った若き国王ローランド一世である。
艶のある亜麻色の巻き毛に青い瞳を持つ、まだ二十才の美しい若者だ。
「よく来たな、ベルジュラック公爵。会うのは十五年ほどぶりか。」
「はい、お久しぶりでございます、陛下。」
「あれからお互いの立場は変わったが……体が不自由になったままというのは本当だったのだな。」
「お目汚しをお許しください。」
「……よい。そちらが公爵の婚約者殿か。」
「……っ、ラウリーヌ・ゴーチェと、申します。」
「はは、緊張しておるか。今宵は気楽に過ごすが良い。余が責任を持ってそなたらを守ろう。」
ローランドはそう言って広間を見回すと、貴族たちは恭順の意を示した。
*
「ジョスラン!」
「ユベール。久しぶりだな。」
「なにを呑気な……。ヒヤヒヤしたぞ、ジョスラン。だがまあほっとした。あ、これはこれはラウリーヌ嬢。お初にお目にかかります。ユベール・ゴード侯爵令息と申します。お見知りおきを。」
「ラウリーヌ、彼は幼い頃、私と共に宮殿に上がっていたのだ。」
現国王の遊び相手としてジョスランやユベールをはじめ、高位貴族の子弟たちが集められた。
ジョスランたちはローランド国王より六つ上だが将来の側近候補として側に控えた。ユベールとはそれ以来の付き合いになる。
「今日は彼に君の相手を頼んであったのだ。」
「そう、なんでもできるジョスランのできないこと、ダンスのね。」
こんな場所で踊れるかしら、とラウリーヌは不安げに眉を下げる。
ホールに視線を移すと、一通り挨拶を終えた国王と王妃が踊っている。
「大丈夫だ、記念に踊っておいで。」
*
ラウリーヌがユベールの手を取り、ホールへ繰り出すと、周囲の視線が集まる。
「大丈夫ですか?」
「私のような田舎者が珍しいのでしょう。」
「はは、なかなかおっしゃる。星のように美しいから見てしまうのでしょう。」
「まあ。」
ちらりとジョスランを盗み見ると、いつかの夜会のように人が群がっている。若い令嬢も多い。
ベルジュラック邸での婚約披露の夜会の時とは違い、なんだか苛々して気に入らない。
「あいつも珍しがられていますね。」
ユベールが苦笑する。ラウリーヌはつんとユベールに視線を戻した。
「あの、ユベールさまは昔からジョスランさまとお知り合いなのですね。……あの、側近候補として宮殿に上がっていた頃は……。」
ユベールはラウリーヌの次の言葉を予測して答えた。
「ええ、五体満足、健康優良児でしたよ。」
(十五年前というとジョスランは十一才。その時に……。)
ラウリーヌは馬車の中でジョスランから話を聞いていた。ジョスランの体の自由を奪ったのは病気ではなく、あの国王を狙った事件であったことを。
「本当にジョスランはお人よしですよね。あの時の犯人を重用するなんて。」
「……犯人?」
「え、あ。余計なことを言ってしまったかなあ。やばい、ジョスランに怒られる。」
「犯人とは? ユベールさま。」
それは聞いていない。ラウリーヌはじっとユベールの目を見た。
「あー……、本人がラウリーヌ嬢に言っていないことを私から話すわけにはいきません。申し訳ない。」
釈然としないまま踊り終わり、二人はジョスランの元へ戻った。
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