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夜通し続いた舞踏会も終わり、東の空が白み始めた頃、宮廷にも静寂が訪れた。
ジスラール王国国王ローランド一世は、薄暗い部屋に正装のままワインの入ったゴブレットを手に、椅子にもたれて座っていた。
開け放った窓から外を眺めていると、舞踏会会場での熱気と澱んだ空気を吹き流してくれるようで心地いい。
「お兄さま。」
「……アンジェルか。」
アンジェル王妹がするすると衣擦れの音をたてながら近づき、ローランドの向かいに座った。アンジェルも正装のままであるが、疲れを見せない美しい笑顔を兄に向けた。
ローランドはテーブルの傍に置いてあるもう一つのゴブレットに自らワインを注ぎ、アンジェルに手渡した。
「美しい二人でしたわね。」
「……そうだな。」
ローランドは妹ににっこりと笑った。月明かりとわずかな蝋燭の光に照らされた顔は、いつもより冷たく揺れている。
「昔、わたくしの降嫁先にベルジュラック公爵家が候補に上がったことがありましたわよね。それを知ったのは最近のことですが。」
ローランドは口にゴブレットに口をつける。
「今はもう無理だぞ。」
「ええ、わかっています。来年にはアルエスタ王国に輿入れですもの。……でも少し気になりますの。お兄さまもでしょう?」
「そうだな。だがやはりあのような体をしているのはいただけない。ダンスもできないしな。」
「まあ、命の恩人に対してあんまりな仰りよう。……ならば、男の方はわたくしにくださいません? 女の方はお兄さまに差し上げます。」
*
ローランドは戦乱を潜り抜けて生きてきた。
幼い頃から命を狙われてきた。十四の時に父王が亡くなり、王弟である叔父を国王にと推す貴族たちが蜂起した。
未だに記憶に残る宮廷の中のあちこちから立ち昇る煙と、血と肉の焼けるにおい。
徐々に食べる物がなくなる中、崩れ落ちた宮殿の隠し通路の中で息をひそめ、敵となったかつての家臣を切った。
生暖かい血飛沫を浴びながら、いつか自分にふさわしい場所に返り咲いて見せると、その思いだけで戦い抜いた。
醜いものを嫌でも見てきた反動か、ローランドは美しいものが好きだ。元よりも美しく改修したルノヴァン宮殿に、己の審美眼に適った物だけを飾る。
それは人間でも同じこと。手元に並べておいて鑑賞し、宮殿の装飾品の一つとする。
例えば美しい男女がいたとすれば、その二人を結婚させ一対の美術品として華やかな舞踏会を彩らせる。
その二人が美しい子どもをもうければさらに良し。
そしてその女の方が気に入れば手をつけることもある。
『美しい奥方を得られてそなたは運が良いな。一夜借りてもいいだろうか?』
そう国王に言われれば装飾品に過ぎない貴族は『諾』としか返事ができない。
内乱を制し、反対勢力を冷徹に粛清したローランド国王は、畏怖の対象となっていた。
ローランドの妻、キャレル王妃は海を渡った西の大国ヴィドルバン帝国の皇女で、儚げな美しさのおとなしい女性だが、ローランドは婚姻して一年で既に飽きていた。
ヴィドルバン帝国が国王に即位する時に後ろ盾となってくれた証としての政略結婚のため蔑ろにするつもりはないが、公式の場以外ではすっかり興味を失い、行動を共にすることはほとんどない。
だからきっとほかの夫婦もそんなものだろうと考え、ならば思うまま楽しめば良いと考える。
そこで、再び今日見た二人を思い浮かべた。
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