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小さな村に住んでいたクレマンは、幼い頃から薬に興味があった。
様々な葉っぱや木の実をすりつぶし、それを池に放つと魚がぷかぷかと浮いてきた。クレマン本人も驚いたしこっぴどく叱られもしたが、子どものいたずらだと大事にはならなかった。
暇があれば森に入り、様々な植物の組み合わせを試し、これは痺れている、この配合では眠っている、など試すのは楽しく、どんどんのめり込んでいった。
その後、害獣が発生して畑が荒らされた時は、作った毒を撒き駆逐した。池の魚を全滅させた時とは違い、皆に喜ばれた。
本当は病気や怪我を治す薬を作りたかったが難しく、毒を作るのは簡単だった。だから、求められるまま毒を作った。
評判を聞いた隣村や遠くの町から毒を買いに訪れ、そのうちにクレマン本人が売られた。
売られた先での生活は村よりなかなかいいものだった。勉強は教えてくれるし、材料もふんだんに与えられた。なにより食事の心配をしなくて済んだ。
友達と遊ぶ機会はなくなったが、研究に没頭する時間を得ることができた。
やはりそこでも求められたのは毒だった。どのように使われていたのかも知らずに作り続けた。
そんな生活を続けていた頃、突然住んでいた場所が、ある大貴族の騎士団に囲まれ、捕縛された。
知らされたのは自分より年下の男の子が、自分が作った毒によって寝たきりになっていることだった。
自分が作った毒が人を害し殺すために利用されていた。考えればわかることなのに、思い至らなかったことに愕然とした。
解毒剤は作ったものの、毒に侵されたジョスランは無気力になっていて薬を飲もうとしなかった。
自分が彼の人生を壊したと思った。そして初めて自分の罪を実感した。
ところがある時、なにがきっかけかわからないがジョスランが突然薬を飲むと言い出した。その頃には毒により麻痺して筋肉が落ちた体は元通りになるか危ぶまれるぐらいだったが、ジョスランは薬を飲み激痛に耐えながら体を動かして、杖をつけば歩けるようになるまで回復した。
公爵も公爵夫人も涙を流して喜んだ。
(ああ、これで役目は終わり。殺されるのか国に突き出されるのか。それともまた暗殺の手先として利用されるのか。)
そう思っていたら、ジョスラン本人から思いがけない言葉を聞かされた。
「努力すればここまで回復することがわかった。まだもっと動けるようになりたい。一人で歩き、剣も持ちたい。もう少し助けてくれ。」
初めて会った時は無気力だった少年が、今はその深く青い瞳に力を宿している。
(助けてくれなどと。自分が作った毒のせいでこんな体になったというのに。)
「それに毒は薬にもなり得るものだろう? これから挽回していけばよい。」
クレマンは膝をつき、涙を流しながらジョスランに忠誠を誓った。
美しく賢くて凛々しい。なのにお人よしなジョスランに命の限り尽くすと決めた。
*
「そう、ある時から急に頑張りはじめたよね。なにがきっかけだったの?」
ユベールが首を傾げると、レノーとクレマンが肩を震わせて笑いを堪えている。
「……ラウリーヌだ。」
「え?」
「は?」
「ゴーチェ子爵に連れられたラウリーヌがベルジュラックの屋敷に来たんだ。」
ジョスランの部屋はベッドから外がよく見えるようにと、庭に面した一階の部屋にしつらえられていた。
ジョスランはラウリーヌを見た。
「君は蝶を追いかけて走り回っていたのだ。金色の髪をきらきらさせながら楽しそうにね。羨ましいと思った。その頃、寝たきりになって五年ほど経っていて自分でもきっかけが欲しかったのかもしれない。」
ベッドに置かれたクッションに身を預け、ぼんやりと外を見ていた時、公爵家のプライベートな庭に迷い込んだ黄金の少女。きらきらとした表情で花が咲き誇る緑の中を走る少女は生命力に溢れていた。
「……全然、思ってもみなかった。」
「その頃ラウリーヌ嬢はまだ幼かったでしょ?」
ユベールが細い目をしてジョスランを見る。
「もちろん、私だってラウリーヌと婚約するなんて考えていなかったよ。結婚するつもりもなかったし。父は私に公爵家を継がせると決めていたが、私の次は養子でいいと思っていた。」
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