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ユベールが去って人払いをした応接間で、ジョスランの隣にラウリーヌは無言で座っていた。
「おいで、ラウリーヌ。」
ラウリーヌは黙って少しジョスランの近くににじり寄り、ジョスランの左手を取って無言でマッサージを始めた。
「まだなにか気になることがあるのか?」
気になることだらけだが、先ほどは言えなかったことを口にした。
「毒とクレマンの件と王妹殿下のことはわかったわ。……それとは別に、婚約披露の時の夜会も、この前の宮廷でも自信をなくして……。子爵家出身の私はあなたに相応しいの?」
ジョスランは王太子の側近候補や王女の婚約者候補となるほどの立場なのだ。
田舎で走り回っていた自分など、分不相応に違いない。だからこそ、あの厳しい視線を投げつけられていたのだと理解した。
ジョスランは「うーむ」と声を出した。
「どうやったら自信を持ってもらえるだろう? 君は輝くばかりに美しく公爵夫人としての勉強も頑張っている。それにマナーも完璧に会得した。……レノーに暴露されたが私は昔から君しか見ていなかったんだよ、ラウリーヌ。」
ラウリーヌはマッサージしている手を止めてジョスランを見上げた。ジョスランは右手をラウリーヌの手に置き、そしてラウリーヌの右手薬指にはまるサファイアとトパーズの指輪を撫でた。ジョスランの右手薬指にも、同じデザインの指輪が光っている。
「あの貴婦人たちが私の動かない手をこのようにマッサージしてくれるだろうか。私を支え速さを揃えて歩いてくれるだろうか。……それに私だって嫉妬の目に晒されていたのだぞ。あのように若く美しい令嬢をどこで見つけてきたのかと。」
「うそ。」
「本当だ。周囲も私が婚約できるとは思っていなかったのに、『黄金の妖精』と婚約したのだ。妬むに決まっている。」
ジョスランの右手がラウリーヌの金色の髪の毛を優しく撫で、優しくキスをした。
*
数日後、宮廷から「婚姻許可証」と「誓約書」を取りに参内するようにとのお達しが届いた。
「ラウリーヌは家で待っていた方がよいだろう。」
ラウリーヌの胸にもやもやとした不安が湧き起こるが、無理に一緒について行き足手纏いになるのも本意ではない。
「わかったわ。レノー、ジョスランをお願いね。」
「はい、ラウリーヌさま。」
ラウリーヌは、レノーと護衛を伴ったジョスランの乗った馬車を屋敷の前で見えなくなるまで見送った。
*
夕刻も過ぎ、空に星が瞬き始めてもジョスランは帰ってこなかった。
「ジョスラン、遅いわね……。」
「そうでございますね、しかしなにも連絡がありませんし。」
タウンハウスの家令コームも心配そうな顔をしてラウリーヌにお茶を出す。
その時、ばたばたと使用人の一人が走ってきて書簡を差し出した。
「ラウリーヌさまに国王陛下からの召喚状です!」
「……国王陛下からの召喚状? なぜ私に?」
召喚状には『急ぎ参内するように』と書いてある。
独断で行っていいものか悩むが、国王からの召喚状を無視することはできない。行かなければ罰せられるし、行けばそこにジョスランがいるかもしれない。
「ジーナ、すぐに支度を。コームは馬車の用意をお願い。それから、お義母さまにもお知らせをしておいて。」
「かしこまりました。」
ラウリーヌはジョスランの瞳と同じ深い青色のドレスを身に纏い、宮廷へと向かった。
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