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シリル監獄①
(さて、どうしたものか。)
ごつごつとして冷たい石の壁に触れながら、ジョスランはここに至る経緯を振り返っていた。
*
ジョスランは宮廷に入るやいなや騎士たちに囲まれ「謀反の意思ありと調査結果が出ています。ご同行を。」とレノーや護衛と引き離された。その後半日に渡り尋問を受けた後、目隠しをされ馬車に乗せられた。
多分、ここは政治犯が入れられるシリル監獄なのだろう。しかも長い階段を降りたし窓もないことから重罪犯を入れる地下牢だろうと予測する。
(謀反などまったく身に覚えはない。正しく調査されれば冤罪はすぐ晴れるはずだが。……誰の策略か。どちらにしろ事態が動くまで待つしかあるまい。)
ジョスランは小さくため息をついた。階段を引きずられるようにして降りたので、ぶつけた足に痛みが走る。
(レノーたちは無事だろうか。ラウリーヌは……。)
ジョスランは目を閉じた。窓もない地下牢で時間の経過はわからない。連れてこられたのは夕刻を少し過ぎた頃。今は夜だろう。
*
うつらうつらと眠り、目を開け、置いてある粗末な食事をちらりと見る。
何度目の食事だったか。毎回同じ内容で紙もペンもない。もう今が昼か夜なのかもわからない。
薬を飲んでいないせいか、痺れる体は思うように動かない。目を閉じていると静かな地下の空間に靴音が響いてきた。
目を開け、まっすぐ入ってきた人物を見る。
「あら、たいした精神力だこと。」
「……アンジェル王妹殿下。」
この場にふさわしくないほど着飾ったアンジェルが右手に細い剣を持ち、鉄格子の向こうに立っていた。
松明の灯りが淡い亜麻色の髪の毛は光りを透かせて淡い金色に見える。幼さを残した儚げな雰囲気を醸し出しているのに、その笑顔には邪心が浮かんでいる。
(人によっては美しいと思うのだろうが、私は願い下げだな。)
「ここは三日もいればおかしくなるのよ。なのによく平然としていられるわね。」
「暗くて狭いところに引きこもっているのに慣れているもので。静かなところだと考えもよくまとまります。」
ジョスランがそう言うとアンジェルは嬉しそうに微笑んだ。
「まあ、そうでなくてはね。こちらもやりがいがないというもの。でも安心して。その綺麗な顔は傷つけないから。」
「……あなたは私が思っていたようなお方ではないようだ。」
「ふふ、なんとでも。ああ、この剣に毒は塗っていないから安心して?」
看守が檻の扉を開け、まず看守二人が入ってきて座っているジョスランの背後に立ち、下手な動きをしないよう圧力をかけてくる。それからまるでお茶会に招かれたかのようにアンジェルが入ってきた。
まっすぐと見据えるジョスランをアンジェルはうっとりと眺めた。
「ああ、本当に美しいこと。わたくしがあなたの命を奪えないなんてお兄さまもひどいわ。……でも仕方ないわね、あなたはもうすぐ処刑されるのだもの。」
「……裁判もなく?」
「そんなもの、王家に楯突く人間に必要ないでしょう? あなたは衆人環視の中、死ぬの。わたくしも王族用の特別席から見てあげる。あなたの最期は美しいでしょうね。……そうね、でもこのままわたくしの玩具となるならば考えてあげてもよろしくてよ。」
「その申し出は受けかねる。」
答えた直後、動かない左腕に鋭い痛みが走った。
「残念ね……。」
アンジェルは一瞬、絶望したような目をしたが、すぐに冷めた目で剣を構えた。
「ほら、そんなすました顔ではなくて苦しむ顔を見せてちょうだい。」
「は……、その前に『王家に楯突く』とは? 身に覚えはございませんが。」
「貿易による他国との繋がり、莫大な資産を持つ諸侯。それに反して内乱の煽りで弱体化している王家。……罪状はいかようにも。」
「……つっ!」
「そして王女との婚約を拒否した意味。」
アンジェルは冷めた目をしながら剣を振るう。銀色の光が流れるたびに鮮血が散り渇いた石の床に染み込む。
「位が高いほど、重要な人物であればあるほど疑念は深まる。ましてやあなたはマケール王国から続く、王家と繋がる名門。……いつでもジスラール王朝にとって変われるものね?」
ジョスランはアンジェルを鋭く見る。
(狂っている……。)
「いい目ね……。明らかな王家に対する謀反には裁判など必要ないのよ。それから……縁座も適用されるわ。ふふっ。」
アンジェルはその華奢な手に握れるほどの細い松明を手に取り、壁にある篝火から火をつける。
「でもね、お兄さまがあなたの婚約者のことを気に入ったみたいで。だから助かるわ。よかったわね?」
ジョスランはわずかに目を見開いた。
(ラウリーヌ……!)
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