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船出のち暗雲1
周囲は見渡す限りの青い海。穏やかな波は最近の雨が嘘のような五月晴れの空の下で燦然と輝いていた。
世界は全く美しいのに私の気分は優れない。原因はわかっている、寝不足とストレス。
枕が変わればこうも睡眠の質が違うのか、水平線を見ながら少し重たくなってきた胃をさする。
―――旅行へ行くのは正解だったのだろうか。
いきなり旅に出ようなどと言い出した辰巳の言葉は最初冗談かと思われたが、彼は至って本気だったらしく次の日には旅行計画をねって私たちに説明をし始めた。
「できるだけ自然が多いところのほうが気が休まるだろ、そう言う所を探してたら俺の親父の郷を思い出してさ」
辰巳によると、彼の父はある島の住人だったのだが、たまたま東京から旅行に来ていた女性に一目惚れをして若干15歳で島を出たらしい。
年の差だったが執念でゴールインしたと言っていたか。周囲の反対を押し切っての上京だったからいまさら帰りづらく、辰巳も島に行ったことがないようだ。
お酒が入るといつもこの話をするから結構な数の友人達は知っていた。
会ったこともない人間達からなりそめを知られているなんて辰巳は怒られないのだろうかと、いらぬ心配をしていると葵が首を傾げながら話し出す。
「あ、最近ニュースに出てたよね。『伝統ある祭り2年ぶりに開催』って、違った?」
「そうそれ、だからここに行こうって思ったんだ。調べたら島をあげての大規模な祭りらしいし。それに次の作品のイメージに繋がるだろ」
「いいじゃん、行こうよ。私も風景画が描きたかったんだよね」
当回しだが2人なりに背中を押してくれているようだ。その気遣いは凄く嬉しいし1度気分をリセットするためにも非日常に行くというのは理にかなっている。
しかしその善意に即答できない理由はただ1つ、コンクールの締切がもうすぐなのだ。
規模の大きいこのコンクールは受賞すれば確実に知名度が上がる。
プロの世界への足がかりとしてで挑むつもりだったが、一日一日と時が過ぎあと数ヶ月で締切となる今、私のキャンバスは一面の白だった。
いつもなら筆が早い方の私は描き終わっているはずなのにどうしても描けない。個展の絵は早い段階で描き終わっており、評価も得ているのに今回は何も思い浮かばないのはなぜなのか。
目の前の白紙を見ていられず無理やり書いたものは過去の作品を切って貼ったかのような稚拙なもの。
どうして描けないのかと自問自答しているうちに時が過ぎ、食堂で旅行へ誘われた。
コンクールのことを考えれば行かない方が良かったのに、なぜだか私は船に乗っている。
何となく感じる罪悪感で俯きながらため息を吐いていると、太陽の光を受けて星のように光る青い海が目に入った。
白いキャンバスをただ見ているよりは有意義な時間だなと気を取り直していると葵がこちらに向かってきた。
「七星、島が見えてきたわよ!」
葵と連れ立ってデッキの先端にいた辰巳の方へ向かう途中霧がでてきた。
「おーい、島が見えてきたぞ!」
辰巳の声は聞こえたが薄らとした霧がベールのように動き姿を隠している。
「あれだよ、親父の故郷!『比丘尼島』だ!」
興奮して船の前に身を乗り出していた辰巳に、葵が怒っている姿にも目もくれずに、私は辰巳が指をさす先を凝視した。
まさかあれが?
目でもおかしくなったんじゃないかと疑うが見たものは現実の島だ。ゆっくり深呼吸し目を開ける。
しかし見たものは変わらなかった。
霧に包まれたその島は真っ青だったのだ。
海と一体化するほどの青と、波打つ白い筋を持つ島は非現実的で白昼夢を見ているようだった。
よく見たくて霧がかったなか目を凝らすと、見える範囲の全ての建物が青く染められていた。それが原因で島が青く見えたのだ。
波打つ白い筋は道だろうか?
この旅行は来て正解だったようだ、まだ島に降り立ってもいないがそう思わせる何かがこの景色にはあった。
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