150年目の新人賞

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誰もが自由にネットで世界に向けて発言出来る時代になった。なんと素晴らしい事じゃないか。 歌が好きなら思い切り、世界に向けて歌えばいい。 素人だろうとプロだろうと。 人間だろうと、妖怪だろうと。 お前は明治の頃から約150年、ずっと歌っていたんだろう?いつかみんなに聴いて欲しくて。 分かるよ。 お前に比べたらまだまだだけど。 今日は俺の歌を聴いてくれ。 よかけん 来なっせ うおなら 綾津 かえりにゃ覚える いそのうた 「おじさん……!」 何をするのかと見ていた秀喜だが、歌い出しの一音を聴いた瞬間、鳥肌が立つのを覚えた。 子供にも歌いやすい簡単な歌なのに。 魂を込める、とは。 血の通った、とは、こういう事なのか。 『UTAYA』とはまた違う、力強く暖かい、正調の綾津小唄。 どっちが上手いかなんて決められない程の。 「どっかで見たごたる(みたような)気のしとったとよ。思い出したわ」 直子が秀喜の肩に手を置いた。 「あの人、私が若い頃のアイドルだったの。 『滝沢翼』って言うてね。新人賞にもノミネートされとった」 「えっ!?」 「二枚目で明るくて人気のあったとよ(あったのよ)。 でも歌は下手でね、いつの間にかテレビにも出なくなってた」 「下手!?めちゃくちゃ上手だよ!?」 「昭和の話だもん。引退しても、ずっと歌ってたのよ。きっと」 妖怪もアイドルだった頃の彼を知っとったとよ(しっていたのよ)。 下手でん(でも)一生懸命歌っとった(うたっていた)『滝沢翼』を。 だけん(だから)思わず名前()呼んだとよ。 直子は子供の頃の、芸能界華やかなりし時代を思い出す。 毎日釘付けになって観ていた、ブラウン管の向こうの世界。 誰もが知っていた国民的アイドル。 誰もが歌えた国民的大ヒット曲。 雑誌の付録の等身大ポスター。 わくわくしながら買ったレコード。 時代を彩ったあの人はどうしているのだろう。今もどこかで元気に歌っているかな。 昭和も教科書で教えられる遠い時代になったのだ。 あの頃の高揚感は、幼い秀喜に話してもきっと伝わらないだろうけれど。 今はせめて、あの頃を知る者として梨本を讃えよう。 立派な歌手になったね、と。
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