150年目の新人賞

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電車を降りると、七月の潮風がようこそと迎えてくれた。ここは古くからの漁師の町。無人の改札を抜けると照りつける日射しが、さあ釣り日和だぜと誘っている。 悪いな、今日は釣りに来たんじゃないんだ。 梨本翼はTシャツの肩にタオルを掛けて歩き始めた。道端には所々雑草が偉そうに伸びている。 親からもらった整った顔立ちと太りにくい体質のおかげでかなり若く見えるのが自慢の彼だが、五十代半ばにして現在失業中。 それなのに就職活動もそっちのけで、懐かしの歌やアイドルについての動画をせっせとサイトにアップしている。 ずっとやってみたかった。無職の今がチャンスだ。 実家には彼が若い頃に流行った所謂アイドル雑誌や、歌番組を録画したVHSビデオ等のマニア垂涎のお宝が山程出番を待っている。当分はネタが尽きる事はない。 そんな彼のチャンネルに並ぶのは、若者にはさっぱり面白くない動画ばかりである。 チャンネル登録者数はやっと千人を超えた程度だが、子供の頃から大好きだったものを思いっ切り熱く語れるのだ。時には共感のコメントまで寄せられる。こんなに楽しい事はない。 誰もが自由にネットで世界に向けて発言出来る時代になった。なんと素晴らしい事じゃないか。 そんな彼、今日は電車で三時間かけてこの田舎町までやって来た。 会ってみたい人がいる。 多分会えないだろうが、どうせ暇なのだから気が済むまでここにいるつもりだ。 動画も撮影はするが、お蔵入りにする可能性が高い。一応、声だけ入れておこうかな。 「はいっ! そーいう訳で翼は飛んで来ました、ここは九州は〇〇県〇〇市綾津町でーす! さっそく『UTAYA』さんを探してみたいと思いまーす! ……さて、どうしようかな?」
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