150年目の新人賞

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ポンポンポン…… 漁船のエンジン音がなんとも心地良い。海沿いの集落に並ぶ家は昔ながらの瓦葺き屋根にトタン屋根、空き家になって随分経っていそうな崩れかけの家も多い。 ネットで調べると町内にコンビニは一軒、スーパーも一軒。どちらも国道沿いにあり、他には小さな個人商店がいくつかあるだけ。信号も一つしかない。 釣り糸を垂らしてる方が良かったかな。 取り敢えず国道の方向へ進みつつ、汗を拭きながら梨本は思う。ちょっと予想より町は小さく田舎過ぎた。 こんな観光地でもない所を年配の男がうろうろしていたら通報されてもおかしくない。 それに、俺の名は翼だとばかりに衝動的に飛び出して来たものの、実は探し人の手がかりは全くないに等しい。 「UTAYA」とは、彼と同じ動画配信者だ。ただし、大人気の。 動画は全て、ギターを弾きながら歌を歌うというもの。ジャンルは様々、最新曲から懐メロまで。 顔は決して映さないが長い黒髪は艷やかで、胸の谷間やウエストのくびれをこれでもかと強調した、裸に近い大胆な姿で歌うのだ。 だが、それだけならありふれた類似品だ。 「動画とは関係ありませんがギター上手いですね」等とコメントが付く、似たような動画配信者はたくさんいる。 「UTAYA」の人気の理由は、その歌そのものにあった。 梨本は初めて彼女の歌を聴いた時、歌い出しの一音だけで鳥肌が立った。 アイドルファンであり音楽ファン、幾多の歌を聴いて来た彼の人生の中でも、歌声にこれ程感動した事はなかったのだ。 才能だけではない。きっとこれは長い長い時間をかけて身に着けた歌唱力、年季の入った表現力だ。 もしかすると「UTAYA」とは、俺が大好きな懐かしの歌手ではないだろうか。
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