150年目の新人賞

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よかけん 来なっせ うおなら 綾津 すれ違いざま、微かに聞こえた。小さな声で口ずさむのは綾津小唄の様だが。 かえりにゃ覚える いそのうた 白い和服を着た女性が、しゃなりしゃなりと橋を進んで行く。 顔は見えなかったが、美女の予感がする後ろ姿だ。 たべなっせ ひふみとこえて いつつ むっつで 満腹さ   ここは日本。和服を着ていてもおかしい事はない。だが、無地の白い和服とは…… それに、あの人はどこから現れた? 足音も、何の気配も感じなかった。 いや、まさか。 ばってんなかなか来らっさん ぼんやりとか細い背中を眺めていた梨本だが。 歌い終わると、彼女は── ────つばさ。 「!?」 立ち止まり、確かに梨本の名前を呼んだ。 全身の皮膚が何かを感じ取り、凍り付く。 違う。先程から感じていた。 認めたくない事実を、心が認めたのだ。 自分は今、未曾有の危機にあるのだと。 そして次の瞬間。 女性は、空気にでも隠れた様にふっと消えてしまったのだ。 「うわあっ!」 その時、後ろで声がした。 はっとして振り返ると小学生くらいの男の子が、釣り竿を放り出してひっくり返っている。 「あ、あああ」 しっかりしろ、と助け起こす梨本。 だが、男の子が指差す先には、もう女性の姿は無い。 呆然とする二人の後ろから橋に向かって、潮風が駆け抜けて行く。 ほら、誰もいないよ、とでも言いたそうに。
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