150年目の新人賞

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「はい。とごえとった(さわいでいた)子供達が気が付くと、こまんか(ちいさな)声でなんさま(なんとも)下手くそな歌ば歌いながら、こっち()見知らん女性(おなご)が見つめて立っとる、と」 「下手くそな歌を?」 「はい。 妖怪の名前は『夜話(よはなし)』と言われとります。 そっで(それで)綾津小唄は、元々は夜話()避ける為の歌らしかと(らしいの)ですよ」 直子は紙に綾津小唄の歌詞を書き出す。 「ええと……」 途中で詰まって、思い出す為に小さく歌う。ちゃんと歌えばきっと上手いだろうな、と梨本には想像出来た。 よかけん(いいから) 来なっせ(おいでよ) うおなら 綾津 かえりにゃ覚える いそのうた たべなっせ(たべなさい) ひふみとこえて いつつ むっつで 満腹さ  ばってんなかなか来らっさん(きてくれない) 「この歌詞の端……つまり「橋」を、縦さん()読んで、最後の「さん」を足すと『ようかいたいさん』になるでしょう?二番も同じです」 「なるほど」 ひふみとこえて、とは橋の事か。 「この歌を子供達が覚えて歌う様になると、夜話は出んごつ(でなく)なったて言うとですけど。 この歌は秀喜も知らんかったくらいで、今じゃこの辺の年寄りくらいしか知らんかったと(しらなかったの)です。 それが『UTAYA』が有名になって知られるごつ(ように)なった。 綾津に住んどっとじゃなかかて(すんでるんじゃないかと)、梨本さんの他にもわざわざ遠くから来らした(こられた)人はたくさんおらしたと(おられたの)ですよ。 ばってん(でも)、それからです。 ひふみ橋に時々、白い着物を着た女性が現れて、人が見とる前で、ふっと消えてしまうとです。 特に悪さをする訳じゃなかとですが……」 「でも直子さん、それっておかしくないですか? 綾津小唄をみんなが知る様になったのなら、妖怪は出にくくなるはずじゃ」 「ね、変だよね。 でも同じ頃に出て来たから、もしかすると『UTAYA』は『夜話』なんじゃないかって言う人もいるよ」
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