義務教育六年にて

1/1

9人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ

義務教育六年にて

 瑞志が卒業式で袖を通すための学生服が仕立て上がり、桜が蕾を持ち始めた頃、タマが再び朋代の夢に現れた。 『──……朋代ちゃん。あたし、人間界での徳は積み終わったの。これからは、お釈迦さまのもとで修行してくるわ』 「え──。タマ、それって……」 『毎日あたしの話をしてね。毎日ちゃーるを供えてちょうだい。水も忘れちゃいやよ』  愛の深さは徳の高さを示し、お釈迦さまのもとでも箔がつくのだと、タマは鼻息荒く語った。 『あっちでの修行が早く終われば、その分早く猫又になって帰ってこられるからね』 「タマ……お別れなのね?」 『違うわ。ほら、瑞志もお式で歌うんでしょ? あれよ、あれ』  卒業式の定番のイントロが、夢の世界に流れ出す。  人間の勉強が十分に済んだタマに、思わず吹き出して、朋代はしゃんと胸を張った。 「旅立ち、ね。……タマ様、いってらっしゃい」 『ええ、いってきます。元気で待っていてね、朋代ちゃん』  その朝は、アラームより早く、瑞志の泣き声で目が覚めた。  ニャアコが冷たいと……反抗期の片鱗も見え始めた瑞志が、人目も憚らず号泣している。  朋代は覚悟できていたはずなのに、いざとなったら自分も大泣きしてしまって、一言出すのもようやくだ。  それでもどうにかこうにか、猫又修行について瑞志に語った。  昔のように可愛くはない息子は、「そんなわけないじゃん」と怒ったように返したが、すらりと長いタマの尻尾を大事そうに撫でていた。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加