佐々山電鉄応援団 第3巻

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 一時間遅れで始まった始業式。 ギャッピ市松は、生徒が体育館で始業式を行っている間に居なくなっていた。  始業式後、明日の実力テストに向けて部活も無く、生徒達は帰宅を急ぐ。  僕も美佳ちゃんも、帰り支度をしていた。 美佳ちゃんは、リュックを背負う。 「ギャッピ市松が居ないと軽いなぁ」 僕は「何処へ行ったのかな?」と心配だ。  そんな時だった。 校内放送が流れた。 「観光科一年の鈴木優さん。佐藤美佳さん。至急、生徒会室まできてください」  校内放送で呼び出しを受けた。 「ありゃ?呼びだされたよ。生徒会?」 僕は嫌な予感がした。 「とりあえず行かないとまずいよね」 生徒会室に向かう。 この学校は、少し変わっている。  学区制が無くて、県内各地から電車通学をしてくる。電車運行停止の影響は大きい。  美佳ちゃんは「普通科の校舎だよな」と深いため息を吐く。  実は僕も、あまり立ち入りたくない校舎に足取りが重い。  普通科は実業科の生徒を見下しているし、入学した段階で絶対的なスクールカーストも存在する。生徒会室は普通科棟にある。実業系生徒は、あまり行きたがらない。  制服は同じだけど、襟章の色が異なる。  生徒会長と副生徒会長、書記は全て二年生の普通科の生徒。  渡り廊下を通り、普通科校舎に入った。  廊下に、西村さんが待っていた。  普通科三年生に転入した西村さんは、ある意味では僕達の護衛であり、諜報活動もしている。 「呼び出しだねぇ。生徒会室は何処?」 西村さんと並んで普通科の廊下を歩く。  そして、西村さんは既に此処の空気を理解していた。 「伏魔殿だねぇ」 美佳ちゃんは頷いた。 「鈴木君さぁ。インスタントハッピーカンパニーの事は黙っていた方が良いね」  僕は「はい」と返答した。 「でも、手遅れかもね。鈴木君がインスタントハッピーカンパニーからスカウトが来たから、今回の佐々山電鉄の件を相談するのかも知れないよ」と西村さんは言う。 「可能性大ですね」 「気を付けた方が良いよ。何かありそう」 「ですね」  西村さんは「普通科の生徒って、実業科の生徒を見下してるみたいだからさぁ」 周囲を見渡してから、小声になり続ける。 「その見下している生徒が実は、実は自分達より優秀って評価。彼らは間違いなく嫉妬と、自己保身で鈴木君を認めない。自分の立ち位置を守る為に全力で潰しに来る」  西村さんは、たぶん僕と美佳ちゃんが生徒会室で何を言われるかを知っていてアドバイスをしてくれているらしい。  生徒会室に入る前に、西村さんから小型の盗聴器を受け取り制服のポケットに入れた。 「頑張って」と応援されると、生徒会室のドアをノックして入室した。  入室後、室内には生徒会三役と教頭先生、生徒会顧問で体育教師がソファに座っていた。  生徒会室に入って僕と美佳ちゃんは立ったまま一方的に話をされただけで直ぐに退室を余儀なくされた。  話の内容は、わずか5分。  佐々山電鉄応援団という活動には期待していない。校長の指示だから仕方なく呼び出したというのだ。  「お前達と生徒会が協力して佐々山電鉄の早期運転再開と通学問題を解決する。だが実際は絶対にお前達と活動などしない」 そう言われて、名前だけ協力をしているフリをするから無能な僕達は何もしなくて良いという警告だった。 「なんだよ。馬鹿にしやがってぇ」  美佳ちゃんは、怒っていたし、僕は逆に生徒会が、この佐々山電鉄問題に如何に取り組むかの手腕が見たかった。  生徒会の初めての活動は、校内で生徒全員に署名と陳情書を書かせて行政に提出する事。  先生も生徒も記入をした。  確かに、地元の新聞にも記事として報道されたけど、その署名活動も一回だけで次の活動は行われなかった。  署名を渋沢町役場に持ち込んだ時に、たぶん町長が僕がインスタントハッピーカンパニーにスカウトされた事を校長と生徒会三役に喋ったらしく、翌日に僕だけが生徒会室に再度呼び出された。  とても激怒された。 「恥を搔かせやがって」という怒鳴り声で僕は萎縮した。  理由は、学校に報告していないし、学校側としては外資系企業の胡散臭い組織を認めていない、そして仮に天才高校生集団といいう組織が本物なら「なぜ、その力を学校の為に使おうとしないのか?なぜ隠していたのか」という理由だ。  自分が知らない話を他人から聞かされる事を生徒会顧問の体育教師は特に嫌う。  見事に僕は、目を付けられる切っ掛けを作ってしまった事になった。 「お前は自分だけ目立ちたいだけの人間だ。学校組織だから提案やアイデアは 全て生徒会を通せ。スタンドプレーは厳禁だ」  僕は、言われた通り生徒会に次の行動提案書を出した。  テーマは、それこそ佐々山電鉄の運休で困っているのは地域も沿線にある他の二校の学校も同じなので、渋沢実業高校だけが活動するのではなく行政や沿線の学校と連携する事という内容で提出した。  具体的な方法として、生徒に交通と地域課題についてのモビリティマネジメント学習を行う事。  街頭に出て市民や町民にチラシを配布して署名、協力、理解を求める運動展開を持続的に継続する事。  そういう内容の提案をした。  でも、僕は呼び出され怒鳴られた。 「モビリティ何とかって訳が解らない事が出来る訳ねぇだろ。ちゃんと誰でも解るように提案しろよ。頭が良い振りするな」  生徒会室に呼び出されて体育教師に烈火のごとく怒鳴られた。  でも、教頭先生だけは僕の提案を理解してくれたらしい。 「私はね。経済学を大学で学んでいてね。モビリティマネジメントね。これは難しいよ。それと鈴木君。インスタントハッピーカンパニー研究所。どうやら本物らしいね」  理解者が居たと喜んだのもつかの間だ。  生徒会室をでると教頭室に呼ばれた。 「悪いが、岡田先生と私は懇意でね、私は岡田先生を出世させる為にもどんな手段を講じても彼の成果と功績を作って評価させなければならないんだ。鈴木君には悪いが全て岡田先生の実績と評価になる」  岡田先生は「そういう事だ。組織に歯向かうと此処では生きていけないようにしてやるからな。それに学生の本分は学業だ。それすら出来ない実業系の生徒が胡散臭い外資系の組織にスカウトされたってだけで腹が立つ。鼻っ柱をへ し折ってやる」  そう言われて教頭室を追い出されるように退室した。  非は、僕の方にあった。  何も理解していないけど、手柄だけが欲しいという人間に、ちゃんと説明しても結果しか欲しくない人間に途中過程が不要だ。  でも佐々電問題は、何も知らない人が会議での発言、手法を実行を説明すらできなければ何一つ進まない。  教頭と岡田先生は、その仕組みすら理解していないので何年経過しても、何も始まらないし進まない。  軽井沢のインスタントハッピーカンパニーの所長に相談した。 「ウチのホームページに、よくある質問に掲載されているから参考にして」  慣れた感じで回答された。 こういう案件は、インスタントハッピーカンパニーで頻繁にあるらしい。  回答は「関わるな」という短い言葉だけだった。  意味は解らないけど、関わらないようにした。  しかし前回、僕が怒られた提案は一週間後、あの場では不採用提案とされたけど、本当に簡単な一部の案だけは、生徒会起案として正式採用されていた。  重要で難しい部分は採用されていない。 これでは、意味が無いけど、やらないよりはマシらしい。  提案者は生徒会長。  肝心なモビリティマネジメントは無かった事にされていて、他校と連携して沿線高校が一緒に署名活動を継続だけが実行されるらしい。  確かに、佐々山電鉄沿線の群馬県立沼川工業高校、沼川女子高校の校長も生徒会も、渋沢実業高校生徒会の提案を受け入れ三校で“頑張れ佐々山電鉄沿線  高校プロジェクト”と称した活動を立ち上げた。  テレビ取材や、全国版の新聞にも掲載され取材が相次ぎ、一定の評価を得られた。  教頭、校長や他の先生、そして保護者会での発言は、渋沢町がべた褒めして町長は絶大なる評価と称賛をした。  同時に、教頭先生と岡田先生は「インスタントハッピーカンパニー研究所に所属している生徒が当校に在籍していますが、生徒会活動に非協力的で何も提案してくれませんでした。その程度の組織なんですよ」というコメントをした。  渋沢実業高校はインスタントハッピーカンパニーを敵にしてしまった。  桜庭支社長から怒りの電話が来た。 「鈴木は、その教頭と岡田という奴から何か指示や情報を得たの?」 「何一つ指示も情報も岡田先生からは落ちてきません。校長に僕が何かを言ったとか勝手に回答を告げている事を繰り返しています。校長先生に僕が関わって居るように偽装しているだけです」 「そう。解った。校長も内部調査を一切しないで一方的な意見だけど鵜呑みにしている訳か。それでインスタントハッピーカンパニー日本支社の誹謗って」  桜庭さんは 「これ。本当に事件になるか。相手が認めてなかったことになるかは交渉しだい。鈴木は何もするなよ」 「はい」  僕は、そんな事はどうでも良いから、佐々山電鉄の早期運転再開を阻む二人を何とかして貰いたいだけだと請願した。 「鈴木は何もしなくていい。二度と提案は出すな。ウチの看板を汚してタダで済むと思うなよ」と指令が来た。  群馬県立渋沢実業高校の評判は上がり続けている。  校長先生や、世間の期待は増している。  それゆえに、他の提案を続けて出し続けないといけない立場にもなっていく。  最初は、喜んでいた教頭先生、岡田先生、生徒会三役は次第に危機感を感じていた。 「そろそろ鈴木に何か次の案を提出させないと」と焦っているようだった。  僕は、桜庭社長の意思を告げる。  当然、怒鳴らる。 「何を勘違いしているのか解らないが、優秀な普通科の生徒、しかも生徒会が実行者だ。君達のような実業系の生徒は表舞台に出る事は絶対に無い。ただ提案だけをしていれば良い。弱者に人権は無い」  今の時代で、人権を与えないという言葉を軽々しく発言するのはアウト。  さすがに、弱者に人権は無いとまで言われると僕も頭にきた。 「もう提案はしません」  すると、岡田先生が僕を睨みつけて 「そんな事が許される訳ねぇだろ。もう後戻りができねぇんだよ。人権が無いって事は奴隷なんだよ!手前らに判断する権利もねぇ。早く次の作れよ」と怒鳴る。  教頭は「提案をしないなら構わないよ。ウチの学校の方針が嫌なら本校を退学し余所に転校して貰う事になる。嫌なら岡本先生のパワハラに耐えて精神を病むかの選択肢しかないよ」  僕は「いまパワハラって教頭が認めましたけど?」と言うと、岡田先生は 「世の中なぁ。イジメもパワハラも使えないダメな奴が組織から迫害される当然の報い。そして自殺をしたら本人の精神状況。うつ病とかいえば揉み消せるんだよ。まさか録音してねえだろうな」と睨み返してきた。 「この事は他で喋るなよ」と釘を刺された。 「三年間。オマエは奴隷なんだよ。俺の下で飼い殺しで生かさず殺さずだ」 別に、提案が誰の手柄でも良い。  ただ、あの人達には実行する能力もノウハウも無い。デタラメに動かされて失敗するのは火を見るよりも明らかだ。最終的に僕達が失敗の責任だけを取らされる。  一生懸命に佐々山電鉄の運行再開を目指す人たちにも申し訳が立たない。  残念だけど、会話は録音されていない。  一部の先生や生徒が僕の見方をしてくれるようになると、生徒会の書記の女子が来て「鈴木の妄想よ」「被害妄想」「自分の事を良く思われようとする可哀そうな人間」と火消しをしている。  そんな中、その日は突然きた。  教頭先生も岡田先生も数日後に、前触れもなく本人の都合で学校を去った。  誰も理由は知らない。 校長ですら何も知らないで、急に退職を申し出てきたという。  インスタントハッピーカンパニー日本支社の桜庭支社長は「知らない方が良いわよ」と意味深な事を僕に言っただけだ。  学校という組織にルールがあるなら、当然ながら学校より大きくて力のある大きな組織が学校に圧力をかけるという話らしい。  社会的な問題として世間に知れ渡ると学校の名誉や信用が無くなり少子高齢化の中で入学者が減れば公立高校としても大打撃だ。  そういう忖度があったのだろう。  ちなみに桜庭さんから「佐藤美佳が市松人形型ロボDF50Xを学校に持ち込んでくれたおかげで助かったんだ。感謝するならギャッピ市松に言えよ」と僕に笑いながら言った。  どうやら、ギャッピ市松がドシキモ社製の廃棄される過程で、消息が不明なロボットらしい。  生徒会顧問は、僕の担任の山田先生に代わった。  生徒会三役は、僕と美佳ちゃんを認めていないだけでなく、僕の用意した資料を手に取ろうともしなかった。  それは承知の上だ。  僕は「佐々山電鉄を早期運転再開という目標は取り下げましょう」と三役に告げた。  二年生で書記を務めている眼鏡の女子が僕に「ほらっ。無能だから何も出来ない事を認めた訳ね」と馬鹿にするように笑う。  僕は、資料を捲り説明をした。 「無能で良いです。ただ話を聞いてください。まず、デタラメにアイデアや提案をしたのでは国も群馬県や佐々山電鉄電線自治体ですら誰も実行してくれませんよ」と言いながら、沼川市公共交通マスタープランや網計画、群馬県が推進を計画している佐々山電鉄リ・デザイン協議会の説明をした。 まず、生徒会長が喰いつき、副生徒会長、しぶしぶ書記の女子が資料を見始めた。  「まず、佐々山電鉄を運転再開という目先の目標だと行政は動かせないです。問題は、運行再開した後に具体的に、どうやって持続的に地域公共交通として残していくかです。僕達の学校に置き換えると生徒数が少子化で減少してます。学校統廃合、もしくは廃校って置き換えて考えれば?」 生徒会長は「そうか」と呟いた。 「そうなんです。生徒会も先生も、現在の学校の事だけでなくて数年後に、地方の人口減少、少子高齢化、なによりも生徒数が確保できないと公立高校ですら無くなる」  僕は、相手の心に何が刺さるのかを考えると自分の身近な事で説明するのが一番早いと思った。  佐々山電鉄も目先の問題を考えがちだけど、確実に沿線人口が減り、無駄な税金で延命処置をするより現段階で適切な処置を講じた上で、運転再開なりバス転換なりの対応を施すという手法を伝えた。  書記の女子は「バス転換で間に合わないから現在の生徒の遅刻や積み残しがあるんでしょ」と僕に強い口調で言ってきた。  「そうです。これは立派な説得力のある実証実験。そういう事をデータとして根拠ある説明に使う作業を僕達はする訳です」  書記の女子は「出来るの?」と呟く。 「それなんです。アイデアとか提案も、全て各自治体が定める都市計画やマスタープランを基に大学の先生や有識者と膝を交えて討論して行政に提言、議会や各部署の承認を得て具体的な実行をして貰う」  僕の説明で生徒会が機能し始めた。
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