佐々山電鉄応援団 第3巻

7/9
前へ
/9ページ
次へ
美佳ちゃんと外泊 10月中旬。 愛理は不機嫌だった。 理由は明日、僕と美佳ちゃんは外泊するからだ。  別に、変な意味ではなく同じ群馬県にある桐生市に早朝から始まる特殊な会議に参加する為、渋沢町や佐々山町からでは交通の便、時間的な問題で前泊する必要があった為だ。 部屋も別だしビジネスホテルなので間違いは起きない。  でも愛理は「美佳ちゃんって何も考えて居ないっていうかさ。平気で優ちゃんの部屋に入ってきて夜更かしして、そのまま朝まで一緒ってパターンがありそうなのよね」と僕に言った。 「愛理も行こうかな」とか、僕は愛理から信用が無いという悲しさと、愛理に心配される嬉しさとが半々だった。  当日。 学校が終わって、金曜日の夕方。 午後5時過ぎ。 制服のままで、桐生市に向かった。  美佳ちゃんは、今回はワザとリュックの中にギャッピ市松を忍ばせてきた。  理由は、インスタントハッピーカンパニーがギャッピ市松を美佳ちゃんから回収して物理的破棄をしようと動き出している事だ。  ギャッピ市松は、インスタントハッピーカンパニーが所属する高校生に一台、ロボを持たせる計画の初期段階に製造され試験的な試作品。  本格的な量産の際に、試作品は全て廃棄処分される筈が一台だけ回収されずに行方不明の機種がギャッピ市松だった。  先日も、僕と美佳ちゃん、ギャッピ市松が渋沢町で歩いて「佐藤美佳。それ返しなさい」と数人のインスタントハッピーカンパニーの高校生に追いかけられた事がある。  僕の自転車に美佳ちゃんは飛び乗り、ちょうど通りかかった群馬県警のパトカーに保護を頼むことにした。 「悪い奴に追われてます。アイツら捕まえてください」と美佳ちゃんが請願した。  警察官は、追いかけてきたインスタントハッピーカンパニーを一瞥してから 「この状況だと、捕まるのは君達の方だねぇ」  自転車の二人乗りの現行犯。しかも自転車の暴走運転でパトカーの進路を妨 害。  インスタントハッピーカンパニ―の追尾は振り切れたが、警察の御厄介になるという事実は、学校にも連絡され生活指導室で「今回は厳重注意ね。次回は謹慎処分よ」とお灸を据えられた。  そんな訳で、美佳ちゃんはギャッピ市松を常に携帯しているのだ。  佐々電の代行バスに飛び乗り沼川駅に到着する。一時間に一本の普通列車が来る上越線の沼川駅ではなく、あえて駅前から前橋駅方面の国越バスに乗り込んだ。  オレンジ色の夕焼けに照らされた前橋市の街をバス停を降りて歩き、広瀬川の畔にある上毛電気鉄道の中央前橋駅に到着した。  ちょうど京王電鉄井の頭線で使っていた列車が発車してしまった後だったけど、次の発車を待っていた列車は東京メトロ日比谷線の車両を改造した列車だったので美佳ちゃんは喜んでいた。 「コレ。乗りたかったんだ。乗り遅れてラッキーだ」  2両編成の電車は中古車だけど新車みたいに整備されて譲渡されたので綺麗だった。 「佐々電が運休になって久々に電車に乗るぜ」と  上毛電気鉄道。 中央前橋駅から西桐生に向かう私鉄。 各駅停車だけの運行ダイヤで、約45分かけて西桐生駅に向かう。  同じ区間(前橋~桐生駅間)をJR両毛線が並走しているけど、両毛線は途中の伊勢崎駅どまりが多く、日中は一時間に一本の小山ゆきに乗らないと前橋方面から桐生市に行けない。  30分毎に一本の上毛電鉄の方が利便性は良い事になる。おまけにサイクルトレインという自転車積み込みサービスもあるので高校生達の固定客はあるようだ。 ガタンゴトン。ガタンゴトン。 赤城山の南面を走る2両編成の電車は、こまめに小さな無人駅に停車する。  佐々山電鉄みたいな温泉街という観光地がある訳ではなく地域密着の生活路線。  逆転の発想で、鉄道沿線に何もなければ、何かある場所までハイキングや、サイクリングを企画して増収対策につなげるという発想から定期的にイベントを実施している。そういう努力もあるけど、やはり公的支援が無いと運行維持が難しい路線でもある。  それは、佐々山電鉄でも参考にすべき内容であり、是非とも導入したい課題。  でも、運営や管理、維持は本当に強い意志と継続性のある団体にお願いしないと直ぐに終わってしまう。佐々山電鉄を支援する組織は急務だけど簡単ではない。  薄暗くなった車窓からは赤城山が見えるけど、農家や近郊住宅街が広がる沿線風景を進んでいく。  殆どが無人駅で駅員も居なければ、車掌さんも居ないので運転士さんが駅に到着するとドアを開けてお客さんの精算や案内をする。  途中の大胡駅には、電車の車庫があって昭和3年の製造で現役のレトロ電車が見えた。 「佐々山電鉄も、なんか目玉商品が欲しいよな」と美佳ちゃんがボヤく。 「うん」 「観光列車とか走らせれば、少しはイメージアップになるかな?」 「うん。言うのは簡単だけど現実は、先立つものが必要だよね」 「だよなぁ」  大胡駅を出て、再び農家や近郊住宅地が、まばらに見える風景になる。  ガタンゴトン、ガタンゴトン。 翌日に、桐生市内で活動をしている市民団体の定例会に参加する為だった。  桐生市の市民団体は、2015年からの生活交通を守る会という名称で活動していて、来月に開催が決定した群馬県や中小私鉄等連携会議が主催する頑張るぐんまの中小私鉄フェアに参加するのに、手回しトロッコ“手トロ”という遊具を借りる打ち合わせに向かう為だった。  頑張るぐんまの中小私鉄フェアとは、群馬県内の上信電鉄、上毛電気鉄道、わたらせ渓谷鐡道が毎年、秋に輪番で実施する鉄道イベント。  群馬版上下分離方式を受給している県内三社が行っていたので、佐々山電鉄は過去に一度も実施していない。  今回は、初めて実施する事になり、群馬県民に対して鉄道の存続をアピールするには絶対に失敗が許されないイベントとなる。  内容は、輪番の主催鉄道事業者が、自前の車両基地や駅前広場をメイン会場として実施する。ステージイベント、車両展示、車庫解放、県内および近隣の  鉄道事業者が参加するグッズや模擬店、そしてミニトレインの運行。  イベント会場で走らせる乗用の鉄道模型(ミニトレイン)の存在が欠かせない。  このミニトレインを管理して貸してくれるのが、今回訪問する桐生市内で活動する市民団体。 2015年からの生活交通を守る会。  もちろん、2015年からの生活交通を守る会は通常は、わたらせ渓谷鐡道の支援、桐生市内の路線バスの持続可能な運行や計画、群馬県内を中心に多くの鉄道事業者の相談役にもなっている交通問題のスペシャリスト集団。  でも、今回は佐々山電鉄の事故で急遽、本来の輪番で開催予定の上毛電気鉄道の順番に割り込んだ形になった為、乗用の鉄道模型(ミニトレイン)は別のイベントで貸し出されてしまう。  佐々山電鉄で開催予定の「頑張るぐんまの中小私鉄フェア」は、代替えとしてミニトレインと同じ模型用の走行用線路を流用して、子供達が自転車みたいな遊具に乗車して手回しのペダル状のハンドルをクルクルと回すことで動く遊具を借りる事になっている。  電車は赤城駅で、カッコイイ東武鉄道の特急りょうもう号を見て、再び桐生市内の西桐生駅に向かい発車した。  此処からは、単調な風景から一遍して、東武鉄道桐生線と並走したり、わたらせ渓谷鐡道と交差したり、渡良瀬川を渡り街並みが賑やかになると西桐生駅に到着する。  昭和レトロな駅舎。  もう外は陽が落ちて薄暗くなっていた。  同じ群馬県内だけど、物凄く遠い場所に来てしまったような気がした。  美佳ちゃんは、ギャッピ市松をリュックから出すと抱きかかえて歩く。  上毛電鉄は、中央前橋駅の西桐生駅もJR両毛線から離れた場所にあるので接続が良い関係にはない。  昭和レトロの西桐生駅とは違い、新幹線みたいな高架駅の桐生駅。  その駅構内のコンコースを素通りして、反対側にあるビジネスホテルに到着した。  朝食は出るけど、夕食は出ない。  チェックインを済ませると、部屋に向かい荷物を置く。そして夕飯の考えをする。  群馬県の主要ターミナル。駅周辺というのは居酒屋や夜の店は多いけど誰でも立ち寄れる飲食店は殆どない。あるとしても駅から離れた場所の国道やバイパスの賑やかな場所に集中して建造される。 地方都市自体の構造自体が、電車での観光移動を想定していない。 「何処かに食べに行くか?コンビニで何かを買って部屋で食べるか?」  僕が、そういうと美佳ちゃんはギャッピ市松を抱きかかえて「ホテルの人に聞こう」 と言うのでエレベーターで一階に下りた。  費用は、佐々山電鉄沿線協議会が領収書を出せば精算してくれるらしいので、僕と美佳ちゃん、ギャッピ市松はタクシーを頼んでホテルが勧める、美味しいソースカツ丼の店に向かった。  ソースカツ丼は、店によってアレンジはあるけど、一般的にはホカホカ御飯のどんぶり飯に、キャベツが敷かれて揚げたてのカツを特性の薄味のソースにくぐらせて載せるだけのシンプルなどんぶりだけど、美味しいのだ。  僕達が案内された店は、桐生市内でも有名店で昼時は、行列が出来るというけど夜は意外と直ぐに入店できた。  ホテルに戻ると、愛理の心配通りに美佳ちゃんが、お菓子と飲み物を抱えて僕の部屋に来た。  中学校時代のジャージにハーフパンツ姿で「自由を謳歌しよう」と言ってテレビを見ている。  僕は、インスタントハッピーカンパニーの宿題やら資料作成で少しパソコンを叩いてから合流した。  愛理の心配するような事は起きない。  美佳ちゃんは、予想通り自分の部屋に戻らずに僕の部屋のベッドで寝てしまった。  だから、僕は美佳ちゃんのルームキーを借りて美佳ちゃんの部屋で寝た。  朝起きると、隣に美佳ちゃんが寝息を立てていた。  途中で起きて、自分で自分の部屋に戻ってきたらしい。  僕も美佳も、ちゃんと服を着ているので間違いは起きていない筈だ。  美佳ちゃんは、全く気にもしていないし、僕も何も無かった事に安心をした。 無料朝食を食べて直ぐにチェックアウトをする。 「駅の近くにホテルっていいな」  美佳ちゃんは、たぶん朝の事は覚えていない。  JR桐生駅の券売機で、わたらせ渓谷鐡道の乗車券を購入した。  自動改札機を抜けて、階段を上がる。 ガラガラガラとディーゼルのアイドリング音が聞こえてきた。  桐生駅の1番線に停車している、わたらせ渓谷鐡道の1両しかないディーゼルカー。  美佳ちゃんは「電車も良いけど。こういうディーゼルカーも良いな」とご満悦。  超ローカルなディーゼルカーはドアが閉まると、ゴーッとエンジンを唸らせて動き出す。 「ほうほう。良いね」美佳ちゃんは興奮。  目的地は、たった1駅。  タタンタタン。惰行運転になると、JR両毛線と線路を共有する渡良瀬川の鉄橋を渡る。橋の向こうにある下新田駅に向かう。  直ぐに下車するので車窓を楽しむ間もない。  2分ぐらいで到着した無人駅は不思議な構内配線だ。 JR両毛線の電留線と呼ばれる電車庫の前にある無人駅。  僕と美佳ちゃんが降りると、既に2015年からの生活交通を守る会のメンバーが作業をしていた。  普通の市民団体とは異なり、会議室で会議形式の定例会は行わない。  毎月、第一土曜日の早朝に行われる定例会は主に土木作業が主体だ。  会が育てるハーブガーデンの手入れ。  そして下新田駅の周辺清掃を行い、その後に外で円陣になって活動報告や今後の活動予定などを話し合う。  僕も美佳ちゃんも作業を手伝い、そして会議に参加した。  会長の佐羽さんは、関東運輸局の地域交通マイスターの資格を持っていて、 関東の赤字ローカル線などの活性化提案や助言もする。 「今日はですね。佐々山電鉄応援団の佐藤美佳さんと、鈴木優さんに来てもらいました。いま佐々山電鉄は重要な局面に差し掛かっています。当会も佐々山電鉄問題に協力する事は前回の打ち合わせどおりですが、具体的に”頑張るぐんまの中小私鉄フェア”で当会の手トロを貸し出します。このあと用事の無い会員は工場の方へ寄って貰い、今後の事について打ち合わせをお願いします」  僕と美佳ちゃんは、下新田駅から佐羽さんの車に乗せて貰い、少し離れた佐羽さんの工場へ向かった。  倉庫には鉄製のレールが分解されて積まれていて、その脇に乗用できる電車の模型と、お客さんを乗せる台車のついたトレーラーが置かれていた。  美佳ちゃんは「本当は、ミニトレインの方が良いんだけどなぁ」とボヤいた。  このミニトレインは大人気で、イベントや行政の行事などで使われる為、今回みたいに急遽、佐々電の早期運転再開を実施するため、既に決まっていたイベントが優先されるのは仕方が無い事だった。  でも、手トロという遊具は、鉄製のレールを組むと思っていたよりも楽しい物だった。  美佳ちゃんは、制服のスカートだったけど円形に組まれた線路を飽きずに走り回っていた。  翌週の月曜日。  学校の始業前に、僕と美佳ちゃんは生活指導室に呼び出されていた。  僕と美佳ちゃんが、ホテルの同じベッドで寝ている写真がSNSで流出していた。  黙ってれば良かったのに「あぁ。あの時の写真かぁ。アタシの部屋のベッドに優が寝ていたけど、眠かったから一緒に寝ただけだよな」と誤解を生むよな事を発言した。  「何もしてません」と僕が言っても先生は「うーん。先生は信じてもね。他の生徒の手前があるからねぇ。便宜上、一日だけでも家庭謹慎って事で」と停学処分が下った。  愛理は「ギャッピちゃんに不正なアクセスがあって内臓のカメラで遠隔操作撮影されたのよ。なんだかんだでギャッピちゃんはインスタントハッピーカンパニーの所有ロボだからね。本当に美佳ちゃんと何かしてないわよね」と僕を睨んだ。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加