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地域のデータと反対する地域
後日、中島教授から仮想的市場評価法での調査データが提出された。
いわゆる、回答者に運行再開には金銭的価値が関わってくることを告げて、存続するには幾らなら運賃や維持費用を支払いをしても良いかというアンケートを執った。
同時に、社会的価値・便益分析効果も調査していた。
鉄道が存続した場合の価値、佐々山電鉄が廃止になった場合の価値(数値化できない物は換算した数値化表記)で具体的にアンケートを聴取した人も当事者として調査をした。
with(佐々山電鉄を残す)without(佐々山電鉄廃止)を仮定した場合の生活面、観光面を調査した。
結果として、多くの回答は既存利用者に加え、観光列車や地域全体で佐々山電鉄を支援すれば、あらたに潜在的な利用者がwithの場合に増加可能ではないかという結果が出た。
これはトラベルコスト法で、観光列車利用者が移動費用をかけてまで佐々山電鉄を利用する価値があると認めた場合移動費用(運賃、料金、所要時間)を掛けてでも利用したい良好なサービスを得たいという市場価値が創出されるといいう結果だった。
佐々山電鉄は、あの脱線事故で廃車になった1編成に保険が掛けられていた為、同等レベルの中古車両譲渡なら1編成分の費用が捻出できる事が、渋沢温泉組合や観光協会から賛同を得る大きな弾みになるという。
そして、佐々山電鉄応援団のモビリティマネジメントによる活動、行政の出前授業での地域訪問、全国で同じ存廃問題を抱える地域との情報交換などで、徐々に沿線の小中高の学生、その保護者が佐々山電鉄を存続させるという輪が広がりは始めていた。
しかし、その中で沼川市の特定地域だけは『佐々山電鉄は要らない。公的支援の投入反対』を強く打ち出している地域が存在している。
沼川市の沼川西地区と呼ばれるエリアだった。
僕と美佳ちゃんは、渋沢町役場交通政策課の神園さんの運転する軽自動車で沼川市と渋沢町の境にあるショッピングセンターに向かっている。
このショッピングセンターは、郊外型複合商業施設という奴だ。
此処が出来て、沼川市内の中心商店街は廃れた。
もともと高崎市や前橋市みたいなアーケードのある商店街は無かったけど、それでも駅付近には専門店的な個人経営の店舗は並んでいる。
事前に、ショッピングセンターには駐車場を借りる事になっていたのと、ショッピングモールの方からも僕に用事があったらしい。
久々に、インスタントハッピーカンパニー研究所のメイド服を着て出かけた。
正確には、僕にではなく僕の所属しているインスタントハッピーカンパニーに対しての依頼だった。
佐々山電鉄応援団の方ばかり活動をしていたけど、インスタントハッピーカンパニー研究所から二人で参加するように依頼があった。
猿山さんだと思っていたら、アメリカから一時帰国している京子ちゃんだった。
「お久しぶりです。京子です。現地で会いましょう」と電話が来た。
神園さんに送迎をお願いしたら、何処から聞いたのか美佳ちゃんが「クソガキ京子と会うんだろ」とついてくるという。
美佳ちゃんは、ショッピングモールの駐車場に神園さんが駐車しようとしているときも「前向きな気持ちで駐車して」と意味不明な事を言う。
駐車場の看板には、確かに前向き駐車願いますの表示はあった。
神園さんは大きな溜息を吐いているけど、美佳ちゃんは本当に勘違いしていようだ。
ショッピングモールは、開業した時は大盛況だったけど、高崎と前橋の郊外にイオンが出来てから業績も集客も減少傾向にあるらしい。
追い打ちをかけるように、佐々山電鉄の事故で県道が大渋滞を起こし混雑を避けるために、今までの常連客はマイカーで少し足を伸ばせば、より便利で大規模、映画館まで揃ったイオンに逃げてしまっている。
駐車場のガードマンも暇そうに誘導しているし、ショッピングモールも客足は少ないしテナントも数店舗が閉鎖されていた。
神園さんは「中心商店街を追い込んだ沼川ショッピングモールも酷いものね」と鉄道や道路渋滞がもたらす地域経済への影響をあからさまに見せられて肩を落としている。
まずは、ショッピングモールのサービスカウンターへ向かう。
直ぐに店長が来て僕だけ連れて行かれた。
神園さんと美佳ちゃんは「フードコートに居るからね」と僕に手を振った。
店長は女性だった。
「鈴木くんね。ホント。女子みたいね。京子ちゃんは上に居るわよ」
バックルームと言われる従業員用の通路を通って事務所に向かう。
階段を上がると食堂がある。
従業員の食堂に京子ちゃんが居た。
「優さん。お久しぶりです。元気でしたぁ」
「潜入ではなくインスタントハッピーカンパニーに本当に入ったの?」
「はいっ。アタシは任務ではなく自分の意思で入りましたよ。お父さんは怒ってますけど」と笑う。
確かに、京子ちゃんは昔から好奇心旺盛で、興味のある事は自ら探求する娘だ。
店長は「ウチの本部は名古屋でね。沼川ショッピングモールも業績不振でね。地域貢献をする条件で業績改善をすると名古屋本店から支度金が出るのよ。いいアイデアないかしら?」と言うのが相談らしい。
とりあえず、京子ちゃんはノートパソコンに入っているデータで簡単な資料を作り上げた。
「ありきたりですけど買物弱者救済とか、RRMSで自動運転。エコ車両で送迎とか」
「いいわね。エコ車両とか買物弱者かぁ。SDGsとかイメージ良さそうね」
京子ちゃんは「うーん。あとは本部を納得させる資料造りですねぇ」
カタカタとキーボードを打つ。
「既存のデータから仮説を立てて、いままでもマイカーで買物をしてくれた地域の人達からアンケートが取れればいいんですけど」
そんな話をしていて、結局は後日にサンプル的なアイデアを数件提出する事になった。
話し合いのあと1階に戻る。
美佳ちゃんと神園さんはクレープを食べていた。
「美佳さん。神園さん。お久しぶりです」
「ほい。おひさ」と美佳ちゃんは返答した。
京子ちゃんがニコッと笑い「優さん。今晩は暇ですか?久しぶりに優さんに会えたので……うふふ。えへへっ。ひひひっ」と笑う。
「なに?」
「女の子に言わさせないでくださいよぉいひひっ」
美佳ちゃんが「この変態っ。クソガキ京子っ。スケベな笑いをするなっ」
「美佳さんが居るって事は、この後は優さん。佐々山電鉄応援団の仕事も?」
「うん」
「どこへ?」
「沼川西地区」
「あー。例の調査対象ですね。どんな状況」
「佐々電の運行再開に伴う補助金支出に反対する地域」
「おーっ。リアルに敵状視察?面白そう。アタシも同行していい?」
駐車場で、再び神園さんの運転する軽自動車に乗る。
来るときは助手席に陣取っていた美佳ちゃん。
「優とクソガキ京子を並ばせるのは良くない」
そう言って美佳ちゃんは、後部座席に京子ちゃんと並んで座る。
京子ちゃんは「うふふっ。いまね。アメリカから留佳ちゃんって人が来日していてね。日本人だけど美佳さんに似てて。美佳さんの話をしたら群馬に来たいって。うふふっ。面白そう」と言った。
美佳ちゃんは「そりゃぁ。アタシに似て美少女なんでしょ」と返した。
「あー。前橋で猿山さんが美佳ちゃんを見て驚いていた話?」僕が口を挟んだ。
「あははっ。アタシもマジで双子かよって思うほど似てるのです」
京子ちゃんは、そういうと思い出したように僕と美佳ちゃんに
「そういえば、渋沢温泉に”通天洞”ってトンネルがあるでしょ」
美佳ちゃんは「あー。昔のケーブルカーの跡地ね。ホテルの裏だ。トンネルはある」
「ケーブルカー?渋沢ロープウェーじゃなくて?」と僕が聞き返す。
「あったんだよ。廃止になっているけど昔、ケーブルカー跡地に埋められたトンネル」
神園さんも「小江戸温泉物語ってホテルがあるでしょ。河鹿橋とか渋沢露天風呂の入口」とハンドルを握りながら会話に入る。
「バスターミナルの処?」
「そうそう」
京子ちゃんは「あのトンネルの他に、もう一つトンネルが何処かにある筈なのよね。それを探しているのよ。美佳さん。知ってる?」
「知らん」
京子ちゃんは「それよか。美佳さんの制服。スカート短くて可愛いですね」
「だろっ。よく言われる」
京子ちゃんは美佳ちゃんのスカートを捲ろうとした。
「※△×♨だぁっ」
美佳ちゃんが阻止した。
「なにすんだよ」
「アタシ。興味があると何でも調べたくなるんです。何色かなって」
「クソガキ京子。やめろよ。優が見てるだろっ」
「えー。この車の4人は全員スカートですよ。ちなみにアタシの見ます?」
「見ないよ。なんだよ。女子高みたいなノリはよぉ」
神園さんは「なんだかんだで、アイツら仲が良いな」
いまさらだけど、この沼川市から渋沢に抜ける県道は、アルテナード(芸術の散歩道)と呼ばれている。
街道沿いに美術館とか記念館、グリーン牧場と呼ばれる観光牧場とかがあるので愛称が付けられた。イタリア語のあるて(アルテ)と英語のプロムナード(散歩道)の造語らしい。
県道から六本松の交差点を右折して、沼川スカイラインパークという遊園地の先に、過去に佐々山電鉄が首都圏のベットタウンとして建造した住宅地がある。
沼川西地区は、手前にあるアップルタウン、梅が山ニュータウンという住宅地まではコミュニティバスは走っているが、佐々山電鉄ニュータウンまでは来ていない。
理由は、佐々山電鉄に原因があった。
いまですら上越線は、高崎駅から水上駅までの短区間を普通列車が一時間に一本しか走らない在来線に落ちぶれているけど、上越新幹線が開業前は上野駅と新潟駅を結ぶ特急列車、急行列車が頻繁に行きかう関東と新潟を結ぶ交通の大動脈だった。
上越新幹線の開業、関越自動車道の開通、高速バスでバスタ新宿から渋沢温泉・草津温泉に直通するなどで鉄道地図も交通移動手段も変化してしまった。
日中の閑散期は、新幹線の接続駅である高崎を起点としない途中駅である新前橋駅で、本数の多い両毛線で乗り換えをしないと上越線へ乗り継げない、高校のある駅ですら無人駅になったりとローカル線色が濃くなっている。
渋沢温泉の玄関口であり、榛名山へのアクセス駅である沼川駅。
週末に走るSL列車みなかみ号、草津温泉に行く在来線特急で、利便性をアピールしたり、学校のある後閑駅という無人駅を高校生達の学習室にしたり、土合駅にキャンプ場を併設したりと上越線をなんとか盛り上げたいと、JRも努力そしている。
沼川西地区問題は、バブル期に新幹線がありながら高崎線・上越線経由の在来線で上野駅からの直通普通列車、急行列車から格上げの特急列車が観光ではなく通勤通学用に走っていた時期があった。
これに佐々山電鉄不動産部が便乗した形でニュータウンを建設した。
全てが売れて、佐々山電鉄の自社路線バスを走らせて暫くは安泰だった。
佐々山電鉄が、業績不振でバス事業を縮小する際に、関東運輸局に利用者減少を理由にしたい為に、JR沼川駅に電車が到着する前にバスを発車させるダイヤ改正をしたり、逆にバスを電車の発車後に到着させるなど利用をさせない改悪が問題視されながらも、佐々山電鉄の思惑通りにバス路線は廃線。
沼川西地区を陸の孤島にした。
だからこそ、沼川西地区の住民は佐々山電鉄を憎んでいる。
沼川西地区。
公民館の手前で僕達は軽自動車を降りた。
西地区の公民館には「佐々山電鉄に公的支援の支出反対」の幟旗。
美佳ちゃんは「うーん。嫌われているなぁ」と溜息を吐いた。
神園さんは「うーん。一筋縄ではいかないわねぇ」と腕組みをした。
僕達は、また軽自動車に乗って、西地区の子供達が通う坂の上の小学校に向かった。
急勾配で、冷房を入れて4人が乗った軽自動車はエンジンを唸らせて登る。
「ココを、子供達が雨の日も雪の日も、風のふく中でも通学するのよ」
神園さんの言葉は重かった。
小学校は中学校と同じ敷地にあって、西地区の本来の自治機能は丘の上に地域に集中しているらしい。
僕達は、再び県道に戻った。
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