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〈どうしてその言葉を――〉
手話で尋ねかけて、俺はやめた。拍手をしたその人物は、白杖をついていたのだ。
「どうしてその言葉を知ってるんですか」
年配の女性だった。彼女は不思議そうに言った。
「『どうして』って、あなたも目が見えないから、口言葉を身につけたんじゃないんですか」
「口言葉、ですか」
「ええ」
彼女は言った。
「この国に昔から伝わる言葉ですよ。私みたいな人は、手を使った言葉が扱えませんから、目が見えない人のあいだでいつの間にか拵えられていたんです。その言葉が、長い時の流れの中で細々と続いて、今もこうして使われているんじゃありませんか」
言葉がそっくりなので、もしかすると、俺と同じ世界から来たのかもしれないと期待していたが……どうやら違ったようだ。俺は少し残念に思った。
「立話もなんですから、どこか落ち着けるところがあるといいんですけれど」
「ああ、そこにベンチがありますよ」
俺は、この世界で初めて自分の正体を明かした。元の世界のことも、色々と話した。その世界では、健常者が口で話していること。手話は耳が聴こえない人や、声を出せない人しか使っていないこと。音を蓄えたり、声を遠くへ届けたりする機械のこと。そして、面白い楽器や美しい歌の数々――。彼女は一つ一つの話に驚き、わくわくし、とても喜んでくれた。
「まさか、そんな世の中があるだなんて……」
「信じられませんか?」
尋ねると、彼女は「いえいえ」と言った。
「初めは、あなたが嘘をついているんじゃないかとも思いました。でも、誠としか思えないんです。あなたの歌は、素晴しい響きでした。こちらの世にも歌はありますが、とてもとても易しいものしかありません。目の見えない子供が、遊びとしてやっているくらいです。それに比べると、あなたの歌はびっくりするほど作り込まれています。豊かな音色や込み入った節は、大昔からのひらめきの積み重ねがなければ辿り着けないでしょう。あなたはやはり、声と音の国からおいでになったのですね」
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