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何事も思うようにはならない 1
週に一回、桃崎カンナは真光寺君枝の家を訪ねて、フラワーアレンジメントを教えている。
君枝の家を訪ねるようになってかれこれ二年の三ヶ月だろうか。
「カンナさんと私が出会えたのも、巡り巡っての御縁ね」
君枝は感慨深げに言った。
「縁ですか。そうですね」
カンナは口許を緩めた。
「下原先生に『何か趣味を持たれては』と言われて、あなたを紹介して下さった」
君枝は手を取って、
「私ね、そろそろきちんと考えようと思っているの」
「何を考えるのですか」
「私が死んだ後のことを」
と言ったのでカンナは慌てて、
「よして下さいよ、縁起でもない」
「あら、嬉しいわね。私のこと心配してくれて。でもね遅かれ早かれ人は死ぬものよ。下原先生から『御親族がおられないからと真光寺さんの大切な資産を、御自身の意思と違う遣われ方されないように、遺言書なり残しておかれるべきですよ』って言われて。
確かに下原先生の仰る通りだと思ったの」
カンナは困ったように君枝を見た。何と応えたらいいものか。すると君枝が、
「私が死んだら、カンナさんにも少しだけでも残せるようにしておくから」
と言った。カンナはますます困惑して、
「お気持ちだけで充分です」
と応えた。
君枝は笑顔で、
「下原先生にも話しているけど<虹の家>と家政婦の早田あかりさんとカンナさん、あなたしか分ける人いないから」
と言った。
カンナは微苦笑を浮かべた。
「本当に分けてもらえるの?」
「真光寺さんが残すと言ってくれたんだろう。あの人は約束は守るよ」
「そう?施設に多く残しても私の分、それなりにあるんでしょう?」
「分与の仕方次第だろうけど、今のところは四千万ほどだね」
「お父さん、詰めが甘いってお母さん言ってたわよ。世の中何事も思うようにはならないって解ってる?」
「そう言うなって。大丈夫。減ったりしないさ」
下原敦典は娘のカンナに自信満々に言った。
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