長嶺健太は世界一カッコいい

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 大橋と出会った時の印象は、ただデカいだった。  4月にクラス替えして教室に入り、教卓に貼られた席順を確認した。すると窓際の席前から3番目だった。  俺は(窓際の席、ラッキー)と思い席につく。  筆記用具を取り出して、机の上に置き前を見た。  ――背中の壁だった。  俺は焦る。 (え、見えない。前が見えない)  俺の視界は遮られ、背中しか見えなかった。  ――おい、誰だよ。俺の席の前は誰だよ!  俺は席の前に座っている生徒を確かめる。  ――女子?  俺の席の前に、細身かつ標準身長男子並の大きさであると思われる、女子が座っていた。  俺は前の席の女子の背中を見つめる。俺は体を右や左に傾けてみる。  ――しかし、全然黒板が見えない。  しかもデカい女子の隣は、背の高めぽっちゃり体型男子金子だった。  俺は(詰んだ)と思った。 (もう諦めよう。次の席替えまで、黒板が殆ど見えないまま、授業を受けるしかない)  俺は呆然と席に座っていた。  そのうち、先生が教室に入って来た。  先生が朗らかに言う。  「席はランダムに決めました。席替えは1月後にしますね。それまでその席に座って、周りに人と友だちになってね。でもぉ。目が悪くて黒板が見えない等で、席を前に移動したいとか、そう言うのがあれば、今のうち言ってください」  数名が手を上げた。席の移動が始まった。    先生があたりを見回す。  「他に、席を替わりたい人いますか?」  俺は(クソぉ)と思う。 (チビな俺が、デカい女子の後ろの席になってしまい、黒板が見えないので、席を替わりたいなんて言えない)  俺は前の席の女子の背中を見つめた。  ――そんな事いえるわけがない。  すると、不意に女子が振り返る。  俺と女子は目が合う。    ――ドキッ。とした。  俺は、”ドキッ”としたのだ。    女子は確かに俺と目が合い、直ぐに前を向いた。  俺は結局、席を替えて欲しいと先生に言えず、放課後になり――掃除をしている。  ホームルームが終わったら掃除の時間で、掃除が終わったら下校なのだ。  掃除の場所は週替りだった。  俺は今週中庭だった。  俺はクラスメートの男子と、竹箒で桜の落ち葉を掃いていた。  一緒に落ち葉を掃いていた男子が言う。  「こんなに葉が落ちてるんじゃ、落ち葉を運ぶのリアカーのほうが良いな。俺はリアカーを持ってくるわ」  少し離れた場所にいた女子が手を上げて言った。  「あ、私も行く」  俺も二人の後を追おうと、歩き出す。  「俺も……。行……」  腕を掴まれた。俺は振り返る。  振り返って俺は「あぁ」ときを漏らす。  ――俺の前の席の女子だった。  女子が言った。  「行かないで」  俺は、戸惑い聞く。  「なんで?」  「あの二人、付き合っているんだ」  「え?」  「そうだよ。知らなかった?」  「そうか……」  「それと。ありがとう」  「何が、ありがとうなの?」  俺は何を感謝されたか分からなかった。    「今朝、先生が席を替わりたい人いるか聞いた時、手を上げないでいてくれたから」  「う……ん……」  ――俺は何を感謝されているのかと思う。  「私、背が高くて。背が高くて、私の後ろの子、黒板見えないことがたまにあって」  ――少しずつ俺は、感謝されている意味がわかってきた。  「私の背が高いから見えませんなんて、その度言われて……。それでクラスの男子に笑わたりし……」  「もう良いよ。言うなよ」  「ホームルーム終わった後、先生に、私と長嶺くんとの席の場所を、入れ替えてくれるように頼んできたから」  ――俺はこの女子の名前を知らないのに。    「え……、本当」  「うん、本当」  ――この女子、俺の名前を知ってるんだ。  女子が、視線を遠くに向けて言った。  「あ、いつの間にかあの二人、リアカーに落ち葉を乗せて、コンポスト(堆肥を作る入れ物)に向かっているぅ」  「本当だ。じゃぁ、俺達はこの辺に転がっている掃除道具を片付けて、もう帰ろう」  女子が「うん」と言った。
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