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買い物に行く約束をした日。
SNSで最近流行りの服をチェックする。
前は剣道部の試合だからと、あんまり服のことは意識していなかったけれど、今回は違う。
剣道部の買い出しなんだから、それっぽく言い訳できるように。でも普段着てるようなラフ過ぎる格好は絶対に駄目でしょ。
夏場は量販店で買ったTシャツに、量販店で買ったジーンズというごくごくありふれた格好をしているけれど、それで出かけたらあまりにもデートっぽくない。これじゃ近所のスーパーに買い出しの格好と変わらない。
いや、デートじゃないんだから、デートっぽい格好しなくってもいいのかな。買い出しの格好でも充分という心の声も聞こえるけれど、それじゃ嫌と乙女心が許さない。
……いやいやちょっと待って。そもそも私は近藤くんとデートをしたいの? したくないの?
そもそも、これをデートとは思っていないんじゃ、近藤くんは……。普段の言動を考えれば充分にありえそうだ。でも。
一緒に買い出しに行こうと言ったときの近藤くんの反応を見れば、むしろ気付かなかった私のほうが悪いんじゃとも思えてくる。いやいや、そっちのほうが自意識過剰過ぎる気もするし。うーん、どうなんだろう、これ?
考えれば考えるほど訳がわからなくなり、結局は買ってもらったガウチョパンツに量販店のちょっとだけ高めなTシャツという、いつもよりもちょっとだけおしゃれという無難な格好になってしまった。
これ、いいのかな。私はそれを洗面所の鏡の前でくるくると回って見つめる。
本当だったら化粧とかすればいいんだろうけれど、私は化粧道具なんて持ってない。せめてもと持ち歩いているリップグロスだけ塗る。汗対策として、花の匂いのするデオトラントパウダーを全身にふりかけてから、私は待ち合わせの場所に出かけていった。
買い出しに出かけるスポーツ用品店の入っているショッピングモール前。私はそこへ自転車を走らせていたら、チリンチリンとベルが鳴って、何気なく振り返る。
「よっ、今から行くのか?」
近藤くんだった。有名スポーツメーカーのロゴの入ったTシャツにジャージ素材のハーフパンツ。大きなスニーカーは靴底が少し丸まっている。私服の近藤くんも本当に近藤くんだなと、私は思わず笑ってしまった。
「うん。てっきり私のほうが早いと思ったんだけど」
「いや、あちぃだろ。暑いとすぐ熱中症になって倒れんだよなあ」
「ああ……」
近藤くんの言葉に私は納得した。
この人は口が悪いだけで、優しいんだろうな。それとも、私がいいように取り過ぎてるんだろうか。ふたりで自転車を走らせながら、ショッピングモールの駐輪場に自転車を停めると、目的のスポーツ用品店に入った。
スポーツのことは私にはちんぷんかんぷんだったけれど、近藤くんは楽しげにあれこれと見て回っている。私はわからないなりに、ちらちらとスポーツウェアを眺めていた。
「あっ、これお前にいいんじゃねえか?」
「はい?」
結構高いなあとゴルフウェアを眺めていたところで、近藤くんが声を弾ませてなにかを持ってくる。持ってきたのは大量の軍手だった。って、なんで!?
「もうすぐ園芸部も夏の作業やんだろ。そのときに持ってたらどうだ?」
「えっ? そうなの?」
「おーい、しっかりしろ、園芸部。なんで俺のほうが園芸部のスケジュールに詳しいんだよ」
そりゃ、園芸部を仕切っているのが実質剣道部の顧問だからだよとは、本人もわかっていることだろうから言えなかった。
私が大量の軍手……本当にセールしているみたいで、10個をセットで破格なお値段となってる……を持たされながら首を捻っていたら、近藤くんがガリガリと頭を引っ掻いた。
「園芸部って、文化祭で配るために、苗を育てるんだってさ。で、育てるのがちょうど今頃って奴。重労働だし部員が全然来ねえから、剣道部の一年も駆り出されて作業すんだよ。これでわかったか?」
「う、うん……わかった。でもあれ? 園芸部って、秋の文化祭のとき、私ひとりで準備すればいいの?」
そもそもやる気のない顧問に、見たことない先輩たちという体たらくで、どうして部として残っているのかわからないという部だ。なにを展示するのかだって、ほとんど知らない。せいぜい私が展示用の桑の実ジャムをつくったくらいだ。
それで、近藤くんは「そこもかよ」と呆れたような顔をしてみせた。
「園芸部、いっつも幽霊部員ばっかりだけど、三人四人はなんとか普通に来てるから文化祭の準備もそれなりにはできるんだってさ。今年みたいにアクティブ部員がひとりしかいないほうが珍しいって、うちの顧問が言ってた」
「そうだよね。私もあんまり活動ない部じゃないと入れなかったんだけど」
「その割には結構部に顔出してるほうだと思うけどなあ、佐久馬は。まあ、そんな訳だから、文化祭は園芸部と剣道部で合同でやるんだとさ。剣道部も、大会のせいであんまり大がかりな準備はできないから、園芸部の出し物に便乗するというか、顧問がやりたいことやる」
だろうね。鬼瓦先生の謎の園芸愛を思い返し、私は頷いた。
とりあえず近藤くんの目的の品に、私は軍手を買って、出て行った。あとはクーポンを持っているドラッグストアに行けば買い物は終わりなんだけど。ふたりでドラッグストアへの道へ向かっていると。
ピコンピコンと音楽ゲームの音に、私は思わず音の方角を見る。
「佐久馬?」
「いや、ときどき遊んでいる音楽ゲームに、新曲入ってるなあと」
あんまり友達と遊べないから、土日に憂さ晴らしにひとりでゲームセンターに行って、音楽ゲームをすることはよくある。お小遣いが足りて、テスト前限定だけれど。
近藤くんはそれをひょいと見る。私はそれに「わっ」と言った。
「金はあるの?」
「え?」
「ゲームする金。あ、これはふたりプレイできるんだな」
ゲーム機に近付くと、さっさとひとり分の硬貨は入れてしまった。
「ほら、やりたいんだろ?」
「う、うん!」
私も慌てて財布から硬貨を取り出すと、自分の分を入れる。
「これってどうすりゃいいんだ?」
そう言って不思議そうにゲーム画面を見ているので、私は初心者向けの音楽を探して、それを打ち込んだ。
たちまちプレイスタートし、軽快な電子音が響きはじめた。
「ええっと、赤いラインわかるかな? あそこに来た規定の色のボタンを叩くの」
「ふうん。あれ、三つとか同時に来たけど」
「三つ同時に押すの。こう!」
私が手を伸ばして三つ同時に押すのに、近藤くんも「なるほど」と納得しながら押しはじめる。
この音楽ゲームは割と得意なんだけれど、人に教えながらだとなかなか思い通りのスコアは取れない。対して、初心者モードで初心者向けの音楽だったとはいえど、近藤くんは順調にゲームのコツを掴んでいった。
最終的にはふたりでピタンピタンと押せるようになったんだから、ゲームってすごい。
「結構肩とか張るなあ、これ」
「力入れ過ぎだよ。もっと力入れなくっても入力できるよ?」
「そんなもんか? でもこういうゲーム、あんまやったことないんだよなあ……佐久馬すっげえわ」
「そんなこと……」
「お前なあ、褒めてもすぐ謙遜するし、怒鳴るとすぐ謝るし。自分のこと卑下し過ぎ。もっと上から目線でも大丈夫だって」
近藤くんから見たら、そうなんだなあ。私。
彼はやけに自信満々だし、すぐ文句は言うし人に当たったりするけど、間違ってると判断したことにはちゃんと謝罪する。
いい人、なんだよなあ……。
私はそう思いながら、スコアをちらっと見てから「買い物に行く?」と促した。
デートの作法なんてわからない。もしかしたら、近藤くんからしてみたら、ただ同級生と遊びに来た感覚なのかもしれないけれど。
この時間が続けばいいなあ……。そう思ったときだった。
「もう、光太ってばいっつもそんなんだから!」
聞き覚えのある声に、私は固まった。
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