二周目:夏。新しい恋をしました。

3/4
前へ
/45ページ
次へ
 インターハイに剣道部が出発してからというもの、私は近所の神社に行って、手を合わせていた。  近藤くんが無事に勝ちますように。  家に帰って家事を片付けつつ夏休みの宿題をしながらでも気が気じゃなくって、何度もスマホでインターハイの試合状況を確認していた。  うちの学校の試合は夕方のギリギリにはじまるとわかると、慌てて家事を片付けて、SNSの現場で応援に来ている人の言葉を一期一句見逃さないようにと、たどたどしくそれをたどっていた。  肝心の試合はどうなったんだろう。個人戦に出ているはずの近藤くんはどうなったんだろう。ハラハラしていたところで、いきなりスマホが震えた。  アプリで通話してきたのは、この間買い物の際にアプリのIDを交換した近藤くんからだ。私はそれに恐る恐る手を取る。 「もしもし……?」 『よっ』 「近藤くん……! あの、試合どうなったの? 今日が一回戦で……」 『勝った。あと四回勝ったら決勝』 「すごい! 本当にすごくって、すごい!」 『なんか日本語おかしくねえ?』 「えっと……ごめん」 『だから別に謝んなって』  あんまりにもあっさりと言うので、私はすぐにお祝いの言葉が出てこず、ただ馬鹿みたいな言葉をうわ言のように言うことしかできなかった。  近藤くんにいなされながら、私はどうにかしてお祝いの言葉を引きずり出す。 「えっと、おめでとう……! 本当に、すごい!」 『サンキュ。ちゃんと待ってろよ? いつもの園芸場でいいよな?』 「えっと」  普段だったら、「うん」と即答したところだけれど。  私はそれがどうしてもできなかったのは、園芸場で見つけたオブジェのせいだった。それが怖くってどうしようどうしようと悩んだ末に、「夏風邪」と嘘ついて、園芸部のやる気のない顧問に電話して水やりを変わってもらったくらいだ。  しばらく悩んだ末に、「剣道場」と言う。 「剣道場裏じゃ……駄目かな?」 『ええ……? 他の奴らいるだろ』  当然ながら近藤くんから嫌そうな声が上がった。でも剣道部の先輩たちは、少ししかしゃべったことがないけれど、人の恋愛にとやかく言うタイプじゃないみたいだし、少なくとも邪魔はされないと思う。  ただでさえ天文部は怖いし、篠山くんの気配には近付きたくなかった。あの季節外れのオブジェのせいで、嫌でも天文部と篠山くんの存在が頭から離れてくれない。だから、少しでも人目が付く場所がよかったんだ。 「やっぱり剣道場裏がいい。皆いい人たちみたいだから、祝福してくれると思う」 『んー……皆大きなお世話っつうか、これも「早く彼女に電話しろ」って言われたんだけど。別に言われなくってもすんのに』  近藤くんがそうごにょごにょ言うのに、私は思わず笑った。鬼瓦先生も、剣道部の人たちも、皆いい人たちだから、きっと悪いことにはならない。 「じゃあ勝ってね。待ってるからね」 『……おう、途中で負けるようなことはしねえから』 「うん」  そう言ってから通話を切り、私はベッドにダイブしてしまった。ころんころんと転がるのは、彼がいったいどんな顔で帰ってくるのかわからないからだ。  きっとぶっきらぼうな顔で、武士のような形相で、剣道場裏に私を呼び出すんだ。まるで果たし合いみたいだと、きっと恵美ちゃんがからかうけど、私はそれでいいの。  近藤くんといるときだったら、私は不安にならない。だから……。  ようやく薄くなってきたはずなのに、未だに頭に浮かぶキスシーンを必死で振り払う。  お願いだから、私の中から出ていって。もうこの記憶はいらない。私には必要ない。私の好きな人は、あなたじゃない。そう必死で振り払っていた。  試合は三日間で、全部で五試合。今日勝って、明日も二回勝って、明後日二回勝ったら……私は告白される。  返事の準備をしないと。少女漫画のセリフは私には歯が浮いてしまうようで様にならなくて、ドラマのセリフもいまいち。私はいったいどんな返事をすればいいんだろうと、必死で言葉を考えることに専念した。  不安に潰されてしまわないよう。私の中に住み着いてしまっているなにかに負けないよう。
/45ページ

最初のコメントを投稿しよう!

30人が本棚に入れています
本棚に追加