二周目:夏。新しい恋をしました。

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 その日も蝉の鳴き声は元気だった。  けたたましい蝉の鳴き声を耳に、私は学校へと向かった。  インターハイが滞りなく終わったあと、近藤くんから短くメッセージが届いたんだ。 【優勝した】  それだけで、私は馬鹿のひとつ覚えで【おめでとう】の言葉と一緒にスタンプを連打していた。  そして、こうして剣道場裏に向かうことになったんだけれど。私が学校に辿り着いたときには、既にバスが止まっていた。きっと夏休み明けの全校朝礼で、表彰されることになるんだろうな。  そうぼんやりと思いながら、校門を通り抜ける。既に地区大会に向けて、どこかの運動部が走っているのが見える。この暑さだと、こまめに休みを取りながらの練習になるんだろう。  剣道場裏に足を向けている中、この数日誰の気配もなかった剣道場がざわついているのがわかった。 「これからも鍛錬を怠らないように、今回の優勝を胸に、励みなさい……」 「はいっ!!」  鬼瓦先生の淡々とした説教のあとに、礼が飛んでいる。そのあとに開けっ放しの剣道場の戸から、近藤くんが出てきた。 「よっ、ただいま」 「あ……あの……お帰りなさい」  ほんの少ししか離れていなかったし、アプリでのやり取りは通話も含めてずっとしていたけれど。久しぶりに顔を合わせた近藤くんの態度に、この数日占めていた胸の冷たさが氷解したように思えた。  私が心底ほっとした声を出すのに、またも近藤くんは眉間に皺を寄せた。 「んだよ、またやなことでもあったのか?」 「そんなこと、ないよ! ただ、近藤くんに久々に会えたのに、ほっとしたというか……」 「ずっと連絡は取ってただろうが」 「そ、れでも……! ちゃんと声が聞きたかった、から……」  言っていて、だんだん恥ずかしくなり、背中が丸まってく。近藤くんの顔もだんだんと火照ってきたのは、なにも夏のせいだけではないだろう。  近藤くんは耳までを真っ赤に染め上げて、ガリガリと頭を引っ掻く。今日はインハイ帰りのせいか、皆でミーティングをしただけで、稽古はないらしい。近藤くんからは制汗剤の匂いだけがした。  近藤くんは黙って私の手を取った。この数日ずっと試合に出ていたせいか、大きな手にはボコボコと固い豆が擦れた。 「とりあえず、向こう行こう。なんか知んねえけど、園芸場は嫌なんだろう?」 「ん、ごめんなさい」 「いや、別に。ただそこまで佐久馬が怖がってる奴、殴りてえって思っただけで」 「だ、駄目だよっ……! 喧嘩したら、大会出場停止になっちゃうんでしょう……?」  運動部の、特に武道系の部活では、喧嘩は部活動停止、下手したら退部くらいの強い処置だったはずだ。  私が必死でぶんぶんぶんと首を振ったら、近藤くんは唇の端を持ち上げた。 「別に本当に殴ったりしねえ。ただ、落とし前を付けたいとは思っただけだ」 「本当に……大丈夫だからね?」 「わかってる」  ふたりで手を繋いで、剣道場裏に着いた。後ろはコンクリート塀で囲まれているし、剣道場裏も下の戸は開かれているけれど、今日は本当にミーティングだけのせいか、もう今日は帰って行っているみたいで、人の気配もはけてきた。 「なんか、わざわざ言うのも変だって思うけど。お前、俺が帰ってくるまでに、返事考えてきたか?」  近藤くんがひょいと私から手を離して聞いてくるので、私は思わずうつむいた。  早く会いたいとばかり思っていて、肝心の告白の返事はどうすればいいのかわからなかった。  告白したのだって、死ぬ前に一回したことがあるだけで、告白の返事をするなんて贅沢なこと、今までに一度だってない。  私はちらっと近藤くんを見る。  さっきまで、淡々としていたのが、顔を火照らせてしまっている。  思えば。最初の印象は本当に怖かったはずなのに、気付いたら好きになっていたんだから、どう転がるのかなんてわからない。  自分がちょろいのか、近藤くんがどうしようもないのに引っ掛かったのか、どっちなんだろう。  私は人を好きになったら視界が狭まってしまう。ふわふわしてしまうから、この感情のままに突っ走っていいのか、未だに怖い。でも。  近藤くんは。悲しい想いをさせないだろうなとだけは信じたい。ううん。信じてる。 「……あー、佐久馬に先に言わせるのは卑怯、だよなあ。あー……佐久馬」  スー、ハー、スー、ハー。  呼吸を整えた近藤くんからは、さっきまでの火照りは取れ、こちらのほうをじっと見てきた。 「好きだ」  そのひと言で、私はポロッと涙が溢れた。  大丈夫。近藤くんは私に、悲しい想いをさせない。大丈夫。この人はいい人だから。  いい人だからこそ、幸せになってほしい。私なんかよりももっといい子がいると思うけど。でも。  私がポロポロ泣き出したのに、ぎょっとした顔をして、近藤くんは寄ってきた。 「おい、お前。そこまで泣くなって!」 「あ、の……嬉しいの。嬉しいけど、でも……」 「……また、『私なんか』とか言うのはなしだからな?」  私が言うより先に、近藤くんに釘を刺されてしまい、私は言葉を喉に押し留める。代わりに、言葉が出た。 「わ、たしも……好き。です……でも……」 「まだ、吐きたいほど嫌なあれ、忘れられないってか?」 「ご。めんなさい……」 「うーんとさ」  近藤くんはボリボリと頭を引っ掻いたあと、私を引き寄せてきた。体が密着したことで、ようやく抱き締められたということに気付く。  互いに汗をかいているから、私は必死に今日振りかけてきた制汗剤の中身を思い出そうとしていた。まだ取れてない、とは思う。 「暑いよ?」 「うるせえ……あのさ、記憶っていうのは、匂いで上書きできるとか、ネットで見た」 「えっ?」 「俺いっつも剣道やってるせいで、匂いっつうと汗か制汗剤か、あと園芸場の土の匂いかのどれかなんだわ。もう俺の匂いだけ覚えときゃ、上書きできんだろ」  そう言って、抱き締める力を強くする近藤くんに、私は思わず顔の筋肉がふにゃふにゃになるのがわかった。  答えなんて決まっているのに、私のほうが馬鹿だ。土壇場になってパニックに陥って、思ってもないことを口にして、近藤くんを困らせるなんて。 「好き……です。よろしく、お願いします」  言葉にした途端、すっと気持ちは軽くなった。近藤くんはしばらく黙ったあと「……おう」と返事をした。  こんな夏に互いに汗をかいて抱き合うなんて、おかしいったらない。でも。  ようやく、私は自分の「好きだった」気持ちを置いて、「好き」だけを持って前に進める。  ……そう、思っていたんだ。
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