二周目:秋。……出会ってしまいました。

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二周目:秋。……出会ってしまいました。

 九月に入ったけれど、未だに残暑は厳しく、空調が効いてなかったらもう授業に集中なんてできない。 「なんでそんな大事なこと言わないの……! いくらでも報告できたでしょ! アプリとか通話とかでいくらでも……!」  夏休み中に、近藤くんに告白され、お付き合いをはじめた。ひと言で言ってしまうとそれだけのことだけれど、そのことを恵美ちゃんと奈都子ちゃんに報告したら、抱き着かれてからさんざん怒られてしまった。  夏休みだからずっと彼氏と過ごすと豪語していた恵美ちゃんに、夏休みだからとバイトに精を出して貯金をしていた奈都子ちゃんに、私の報告をしても、ただののろけ話と取られてしまうような……と思って遠慮してたんだけれどな。  さんざんふたりに怒られて抱き締められたあと、ようやく離してくれたときには、私もヘロヘロになってしまっていた。 「まあ、でもおめでとう! 近藤くん? そいつが由良を泣かせたって聞いてたからいけ好かないって思ってたけど、まさか順調に交際に発展するとは思ってなかったわ!」 「あはは……ありがとう。私も不思議なんだけどね。全然接点がない人だったから、告白してくれたのも、付き合いはじめたのも、本当に今でも本当なのかわからない。いい人だから」 「もういっちょ前にのろけちゃって! このこの!」  私がしんみりと言うのに、恵美ちゃんがグリグリと頭を小突いてくるのに、私は笑っていた。  私たちのじゃれ合いを、奈都子ちゃんはしみじみと言う。 「そうだねえ。剣道部も大会常連だから、あんまりデートとかできないと思うけど、それわかってるんだったらいいんじゃないの?」 「こら、奈都子。せっかく由良の初カレシなんだから、素直に祝福してあげなって!」 「でも会ってる時間の長さって、付き合うとなったら重要だと思うんだよね」 「遠距離恋愛中のあたしに対する嫌みかっ!?」  恵美ちゃんのグリグリは私から奈都子ちゃんに移行し、ふたりがキャッキャしているのを私は笑いながら見ている。  本当に。ひとつ入る部活を変えただけでこうも変わっちゃうのは不思議だなと思ってしまう。何個も何個も選択肢があって、そのひとつを捨てて別のを拾っただけで、こうも前のときとは変わっちゃうんだなと思う。  夏休みが終わり、いよいよ本格的に文化祭の準備がはじまり、学級委員として文化祭実行委員会のほうにも顔を出さないといけない奈都子ちゃんは、顔を合わせるたびに「しんどい」「しんどい」と言っていて大変そうだ。  恵美ちゃんは恵美ちゃんで、「真面目に部のほうに出てみたら、人が無茶苦茶辞めててねえ。先輩に手を合わせられて仕方なく顔出してる感じ」とこぼしている。どうも、前のときと同じく、大量部員退部の騒動は起こっているらしかった。  まあ、今の私には関係のない話だ。  園芸部と天文部は文化祭で使っている教室も違うし、ほとんど幽霊部員オンリーのうちの部は、唯一のアクティブ園芸部員の私が文化祭実行委員の出向メンバーに出たら話にならないということで、顧問と鬼瓦先生の話し合いの末に、剣道部員からメンバーを差し出すことになったから、実行委員会のほうでも顔を合わせることはないだろう。  文化祭の準備が本格的にはじまったら、文化祭に展示を出す部活は授業中でも公休扱いになって、文化祭の準備のほうを優先できる。  まだ二学期がはじまったばかりだけれど、うちの園芸部も剣道部と合同で展示をすることになる。  クラスも取っている選択授業も違うから、部活くらいでしか一緒にいられない近藤くんと、もうちょっとだけ一緒にいられるようになる。  私がそのことをぼんやりと想像してたら、恵美ちゃんがにかっと笑って私に抱き着いてきた……って、なに? 「どうしたの」 「いやねえ。まさか由良からこんな話を聞けるようになるなんてねえと思っただけで。お祝いしないとねえ」 「別にいいよ。私も付き合い悪いほうだし」  家事優先でなかなかファミレスにもハンバーガー屋にも寄れない付き合いの悪さは折り紙付きで、それでも友達でいてくれる恵美ちゃんや奈都子ちゃんは貴重なんだ。  でも……私は少しだけ「あれ?」と思った。  いつもだったら、私も彼氏のことがあるって、なにかにつけて彼氏の話をしてくるのに。今日は私の話で盛り上がって、対抗してこない。  遠距離恋愛……正確には他校同士で付き合っているのだけど、彼氏さんは浮気するような人じゃないだろうし、喧嘩でもしたのかな。  私が首を傾げていると、クラスメイトの男子が「木下(きのした)ー」と恵美ちゃんを呼んでいるので、私たちは男子のほうに顔を向ける。 「部活の人が呼んでる」 「あっ、そう。わかった。ちょっと行ってくるね」 「行ってらっしゃいー」  恵美ちゃんはそのまま教室を出て行った中、奈都子ちゃんは机に乗せていたクッキーを食べる。 「恵美も最近は部活によく顔を出してるみたいなんだよね」 「あれ? 恵美ちゃん彼氏優先なのに……?」 「なんでも、彼氏と喧嘩中なんだってさ。今あの子不安定なんだよね。悪い奴に引っかからないといいんだけど」  奈都子ちゃんの何気ないひと言に、私はギクリとした。  他校同士で付き合っていたら、どんなにアプリや通話で頻繁にやり取りしていても、距離が遠ざかってしまう。  もしそこで甘い言葉をかけられてしまったら? 優しくされてしまったら? ……弱っているときにこそ、人は近くの優しい人に寄って行ってしまう。  ……前のときは、篠山くんと恵美ちゃんは同じ部っていう共通事項以外は特になかった。なによりも恵美ちゃんは私が篠山くんのことを好きだって知っていたし、彼氏と喧嘩することもなかった。  今の私は篠山くんと接点はない上に、近藤くんとお付き合いをはじめた。  今の情緒不安定な恵美ちゃんがもし、篠山くんに優しくされてしまったら、そのまま恵美ちゃんも落ちてしまうんじゃ……?  考えていてぞっとしたけれど、同時に首を振る。  ……それはいくらなんでも、恵美ちゃんに対しても篠山くんに対しても失礼だ。彼氏がいるんだから、すぐにはい次って行くほど恵美ちゃんもノリは軽くないし、いくら篠山くんが変に女の子にモテるからって、自分から下手な修羅場はつくらないでしょう。  でも胸騒ぎがどうしてもする。  仕方なく、私は「ちょっとスマホ使うね」と奈都子ちゃんに断ってから、アプリの家族グループにメッセージを投げ込んでおくことにした。 【今日は学校の用事に捕まったから、ご飯は残り物でチャーハンね】
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