一周目:夏。お葬式。

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一周目:夏。お葬式。

 蝉の鳴き声も、ガラス扉と空調で防がれて、ここまで届かない。ひと区切りされた葬式会場のロビーを、俺はぶらぶらと歩いていた。  まだ着る予定のなかった制服に身を通して見て回るロビーからは、あちらこちらからすすり泣きが聞こえた。  多分、佐久馬の中学時代の友達とか、同じクラスの連中なんだろうなと思い、俺はぼんやりとスマホを確認しながら、辺りを窺った。  スマホにぱっとアプリのメッセが飛び込んでくる。 【やめとく。あたしが行ったら場の空気が悪くなるから。あたしの代わりに線香あげてやって】  かごめ先輩からの言葉に、俺は溜息を付いた。  あの人は快楽主義だから、やめときゃいいのに人間関係を混ぜっ返すだけ混ぜっ返して、いろいろぶっ壊れたらすぐに逃げてしまう。多分、もうOGだからと理由を付けて部活に顔を見せることもなくなるんだろうなと思う。  俺がスマホの電源を落としてズボンのポケットに突っ込んだところで、「なんで」と地を這うような声を上げられ、顔を向けた。  木下だった。そういえば、佐久馬と一番仲がいいのはあいつだったなと思い返す。 「……篠山。なんであんたがここに来てるの」 「佐久馬の顔が見たかったから。俺のせいで、佐久馬が死んだから」  できる限り誠実に聞こえるように、言葉を選んだ。  こっちだって、まさかこんなにすぐに死ぬなんて思わなかった。せいぜいバッドエンドのひとつの破局くらいに思っていたのが、まさかの事故死だなんて、考えつかないじゃないか。  こちらの心の声はさておき、木下の声は上擦る。 「なんで……!?」 「ちょっと恵美、やめろって」 「離してっ……、こいつが、こいつのせいで、由良が……っ!!」  違う学校の制服の男子が必死に、こちらを殺したそうに睨み付けてくる木下を羽交い締めにしている。木下がたびたび部活をさぼる原因になっている彼氏だったかと、ぼんやりと記憶を探って当たりを付ける。  木下は羽交い締めにされてもなお、自由な口を使って俺を罵ってくる。 「あんた、いったい由良になにをしたっていうの!? 他の女にほっつき回っているくせに、あの子に期待持たせるようなことを言うだけ言って、あの子が勇気を振り絞った途端にこれだよっ……! それであの子がショックのあまりに飛び出しちゃったんじゃない……! あんたが女癖悪いのは知ってたけど、そこまでひどい奴とは思わなかった! あの女もあんたもさいってい……っっ!!」  そこまでの言葉は、あまりにも聞き覚えがあり過ぎて、いっそ笑えてくる。  ここまで何回も繰り返して、いろんな女子から罵られた。  どうして私だけ見てくれないの。どうして他の子のほうを振り向くの。  私のことが嫌いなの? 好きなの? どっちでもいいの? どうでもいいの?  女子はいつだってワールドイズマインで、自分以外のものが入ってきたら、それを集中的に攻撃する。快楽主義者だって、小心者だって、蓮っ葉だって、女子っていう生き物はいっつもこちらの想像範囲の中の言動しかしてこない。  ……ほんっとにもう、うんざりするほど、それこそ耳にタコができそうなほどに聞いてきたんだ。  なあ。女癖が悪かったら、よそ見して他の女子を見ていたら、少しでも気の合った女子の葬式に来ることも許されないのか?  木下は俺が黙って見るのに、ますます頭に血が上ったようで、彼氏の腕の中でもがいて暴れている。そしてポロポロ涙を溢しているのだ。 「あたしが……あたしがあんたにさっさと告白するよう言わなかったら、由良は、由良は死ななくってよかったのに……あたしのせいで、由良が……っ」 「落ち着けって、佐久馬が死んだのは、恵美のせいでもないだろ?」 「だって……由良は、本当に篠山のことが……」  そのまま彼氏になだめられるがまま、とうとう木下は決壊し、わんわんと声を上げて泣き出してしまった。  ……付き合ってられない。  俺はふたりをロビーに置き去りにして、さっさと会場に入った。線香を上げたらさっさと帰ろう。  葬式会場にはくたびれた感じの女の人と男の人が、来る弔問客来る弔問客に頭を下げている。あれが共働きの佐久馬の親御さんたちだろう。普段から佐久馬はあの人たちのために頑張って我を通していたって訳か、と思いながら俺は頭をペコリと下げていった。  滞りなく式ははじまり、さっきまで流れていたJ-POPのピアノ曲は止まって、お坊さんの念仏がはじまった。線香を上げる列に並び、線香を上げる。最後に、棺の中にいる佐久馬に花を入れるとき、ようやく佐久馬の顔を見た。  真っ白な顔からは、この間まではにかんで笑っていたことも、こちらを「気持ち悪い!」と言い捨てて泣き出した表情もわからず、ただツルンとしていた。つくり物めいた顔は、きっと事故のせいで、よっぽど顔をつくらなかったらその事故の跡が皆に公開されてしまうからだろう。佐久馬の親御さんたちの憔悴っぷりからして、きっと顔がつくられる前の姿を見たんだろう。だって花を配るスタッフの近くで固まった親御さんたちは、なかなか棺に花を添えることができないでいる。  俺は気まずくなって、さっさと菊の花を一本もらうと、それを棺にひょいと落として、返礼品だけもらって帰っていった。  バイバイ佐久馬。またあとで。
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